AX
ピアノソナタ第28番 イ長調 op.101
2017-03-18 Sat 03:09
Part 2. Sonata in A major, opus 101 no. 28

第7回目プログラムより「ピアノソナタ第28番 イ長調 op.101」のレクチャー内容です。講義時間は45分。どうやらシフさんは、あまりワーグナー贔屓ではないようです(苦笑 途中で何度もピアノを弾きながら説明されているので、出来れば音源を聴いてもらえるとわかりやすいと思います。




「次のソナタは、前作(27番)の続きといった雰囲気です。ではop.90の終わりから、op.101へと続けて弾いてみましょう。(演奏)op.90よりも、さらに短い提示部ですね。2年の月日が流れ、時は1816年。このソナタはいろいろな意味で桁外れな、実験的作品です。構成は4楽章制に戻っていますね(あとで出てきますが、第3楽章を緩徐楽章+フィナーレとして捉えた場合の話)。」

「さて、ベートーベンはピアノソナタと平行して、チェロソナタを2作書きました。作品番号で言うとop.102、最初の作品はハ長調、2つ目は二長調です。そして、とりわけハ長調のチェロソナタとこのop.101の間には、非常にたくさんの類似点がみられます。まず双方共に、ゆったりめの楽章から始まります。第1楽章は『本当にゆっくり』というわけではないですが・・・落ち着いた雰囲気の漂う6/8拍子です。そして、溌剌とした行進曲のような第2楽章へと続き、それから緩徐楽章・・・これは本来独立した楽章というよりも、最終楽章の導入部ですが・・・ここの最後には第1楽章からの引用もあります。それからフィナーレは(チェロ・ピアノ)共に2/4拍子で、非常に複雑で難しいフーガを含んでいます。ということでベートーベンは、彼の人生においてこの時だけ、同じ構成を二つの曲へあてましたが、後にも先にもこの一回だけです。」

「この第1楽章には、またしても非常に複雑な演奏上の指示がドイツ語で書かれています。『速すぎず、そして非常に深い想いをこめて』。ベートーベンの作品の中でも、ここまで全体を通して優しい雰囲気の楽章は、他にちょっと思いつきません。勇ましいベートーベンでは全くありませんね。なぜなら、非常に柔らかくて愛情のこもっている音楽ですから。それからとても興味深いと思うのが、イ長調作品なのに・・・(演奏)調性がはっきりとわかりません。(演奏)ドミナントから始まっていますね? そして6/8拍子ですから、123456 123456。(演奏)そして、ここでやっとイ長調だとわかります。ですがまた・・・(演奏)問いかけ・・・(演奏)そしてまた問いかけ・・・(演奏)ただただ、疑問符ばかり。(演奏)そして、楽章はまだ始まったばかりだというのに、既にドミナントへ到達しました。そしてそれは私達の目的地でもあり、提示部はホ長調の上で終わります。(演奏)」

「これは、リヒャルト・ワーグナーの一番のお気に入りだったベートーベンソナタなんですよ。それもそのはずですね・・・なぜなら、彼が思うところの『永遠に続くメロディー』をここでみつけたのですから。もちろん時々息継ぎは必要ですけれど、(旋律自体は)決して終わりません。(演奏)そして、この動機・・・(演奏)また3度ですね・・・(演奏)それから転回形・・・(演奏)面白いのがベートーベンはスラーの下に3つの音を置いていますけれど、そのスラーの下には更に小さなスラーがついていますから、3音のうち2音を繋いで残りの1音は離しているわけです。ですから演奏する時、ここは注意を払う必要がありますね。(演奏)

そして、確実にホ長調の上に来ました・・・(演奏)ベートーベンはここで、小節線の在り処を曖昧に隠していますね。こういったところもワーグナーが好んだ理由のひとつかもしれません。(演奏)違いといえば、ワーグナーはベートーベンを敬愛していましたけれど、その逆はどうだったかな・・・と私は思いますね。(もしワーグナーの音楽を聴く機会があれば)敬愛したかもしれません・・・私自身は、ワーグナーに対して少しひっかかるところがあるんですけれど・・・そこには今触れたくありません笑 ・・・ですが、彼は素晴らしい天才でした。そこには疑問の余地がありません。とはいえ私たちは今、全く異なった音楽性についてお話しています。」

「さて、展開部へと進み(演奏)ここでも音楽の『解体』を見ることができますね。フレーズは徐々に小さくなっていき・・・(演奏)つまりこういうことを言っているんですが・・・ベートーベンとワーグナーを比較したくはありませんけれど、とはいえワーグナーの音楽にもこういった対位法をみてみたいものです。(演奏)準備もせずに忍び込ませるような、この再現部への繋げ方。ではもう一度、演奏してみましょう(演奏)この曲は、ベートーベンお気に入りの弟子のひとり、ドロテア・エルトマン夫人に献呈されました。伝え聞くところによりますと、彼女は素晴らしい演奏家だったそうです。この楽章のやわらかな雰囲気にも説明がつきますね。それではこの楽章の終わりの部分を、もう一度演奏させていただきましょう。(演奏)susコード(3度を半音上げて4度に変化させた和音)があり・・・(演奏)小節線に逆らいながら・・・(演奏)9声から成る和音。このやわらかな楽章の中で、フォルテシモへと登りつめて・・・(演奏)コーダ・・・(演奏)女性的終止の上でリタルダンドしますが、まさに『天と地』といった雰囲気ですね。ベートーベン時代のピアノにとって、これらは最高音域と最低音域にあたります。そして続く楽章はとても興味深く・・・ではまず第1楽章を終わりから」

(第1楽章の終わりから第2楽章の頭へ繋げた演奏)

「(ドイツ語の指示は)『生き生きした行進曲風に』。シューマンの作品を彷彿させるところがあるなと、私には感じられます。(演奏)それとベートーベンの弦楽四重奏 op.132にも、行進曲風なところがありますが。調性・・・第1楽章はイ長調で(演奏)そして今・・・(演奏)再度、3度の関係調ですね。この行進曲風な部分は、他ではスケルツォにあたりますけれど・・・まず、最初のフレーズはトニックからドミナントですね。(演奏)・・・ハ長調まで来ました。それから、今の部分が繰り返された後、8小節のハ長調カデンツァです。(演奏)と、ハ長調からヘ長調へと戻って、そして次に・・・(演奏)ということで、ヘ長調からイ長調へ(演奏)何が起こっているかというと、3度の関係調。まずイ長調・・・(演奏)このソナタの調性ですね。そしてこの楽章の調性、ヘ長調(ハーモニー比較演奏)とても奇抜です。

「そして変ホに至ると(演奏)ここで初めてペダルの指示が入ります。前にもお話しましたが、ベートーベンはペダルを意識的に活用した最初の大作曲家です。そしてここでも彼は、何重もの音の層を求めているので、ペダルの踏み替えはなしです。(演奏)全てが一緒に泳いでいます。では少し戻って・・・(演奏)ここでペダルを上げて。そしてピアニッシモ、非常にミステリアスに(演奏)ここでは対位法と、その複雑さを感じ取ることが出来るかと思います。これは、ちょっとした単純な行進曲ではなく・・・全くもって入り組んでいますね。例えばこのパッセージのそれぞれの声部は、次に来る部分を模倣し合っています。(演奏)」

「それからベートーベンは突然、p(ピアノ)で『ドルチェ』と書いていますから、このような生気溢れる楽章の中ですら、『優しさ』という名の小島を浮かべているんです。(演奏)躍動感溢れる楽章ですね。そして、スケルツォ形式でいうところのトリオ・・・ではまずこのマーチ部分を終わりから・・・(演奏)サブドミナントの変ロ長調は、ホルンによる合図のように。(演奏)ヘ音がホルンの長い音色のように、そこへ留まっていますね。そしてトリオ部分は非常に素晴らしく独特です。なぜなら、ここは2声の対位法を表していますので、ドライで高尚な感じにもなりがちです。ですがベートーベンは数回ここへドルチェと書いており・・・シンプルで感情豊かに仕上げることに成功していますね。(演奏)そして繰り返しです。・・・と、これは手稿で明白ではありませんが・・・なぜならベートーベンはここで反復記号と共に、1音書き忘れていますので。テクニカルなことなので・・・詳細に触れて、みなさんを退屈させたくはありませんけれど。」

「ということで、2つの声部は平行して(演奏)そしてまずカノンが始まります。ほとんどの方はカノンとは何かご存知かと思いますが。軍事品のことではなく。(それはキャノン・・・)上声部がカノンを始めて(演奏)下声部がそれを模倣します。(演奏)・・・1小節遅れで。(演奏)ここでトリオの頭に戻るとするならば、そこには『ファ(ヘ音)』が必要となり(演奏)ですが次の部分へ進む場合は『ミ』ナチュラルが必要となりますが、さっきベートーベンが書き忘れたと言ったのは、ここの部分のことなんです。(演奏)とてもシンプルなカノンですね。(演奏)そしてここで何か新しいことが始まり(演奏)このトリオはABA形式です。つまりハムレットのような劇中劇・・・トリオの中にあるABA形式ですね。(演奏)ホルンの合図に戻って(演奏)そして転回形で・・・ここ素晴らしいですね、ベートーベンが再びマーチを登場させているのが。(演奏)またも『地上』と『天空』です。(演奏)まるで軍隊が彼方から近づいてくるように。(演奏)そしてダ・カーポ、アルフィーネ。」

「そしてこの後続く素晴らしい楽章は、ゆったりとしたイントロのように。過去にこれと似通った楽章を、ワルトシュタインや告別でも見聞きしてきましたね。間奏曲的なそれは、正式にはひとつの楽章ではありませんが、彼はこの『緩楽章』をフィナーレへと繋げています。それからイの調性へと戻りますが、長調ではなく短調で(イ短調)。そして『ウナコルダ』という指示をしていますね。鍵盤楽器の場合・・・ひとつひとつのハンマーは一度に3弦叩きます。それはベートーベンの時代のピアノも同じです。けれど(当時のピアノの)構造的に、ペダルを踏んで鍵盤が右へ移動した時に、ハンマーで1弦だけ、2弦だけ、あるいは3弦全て叩く、という切り替えが出来ました。残念ながら、現代のピアノはそういったことが出来ません。まったく、たいした進歩ですね笑」

「とはいえ、(ロンドンから届いた新式ピアノを最後の方は使っていたので)ベートーベンのピアノでのウナコルダの音色は、3弦叩いた場合とは全然違います。それで、私は調律師の方に『ソフトペダルの効果を究極の状態に持っていけるよう、何かつけてください』とお願いしました。なぜならここで求められるのは、理論的に・・・という次元ではなく全く異った音色ですから、なんとかそれを実現できると良いんですが。このイ短調楽章は異世界風であるべきなんです、本当に。(演奏)そして演奏上の指示は『ゆっくりと、焦がれるように』。 この旋律を聴いてください・・・(演奏)これが意図的であるにせよないにせよ・・・ベートーベン流の『音楽の捧げもの(BWV1079)』ですね。(演奏)私は、これを意図的だと思います。なぜならこの時期のベートーベンは、バッハについて研究していました。もちろん当時は、誰もバッハの音楽を演奏しませんでしたから、『音楽の捧げもの』に触れる機会があるとすれば図書館ですね。しかし、非常に重要な作品で・・・この主題をイ短調へ移調してみると(演奏)思うに・・・(演奏)そしてここでも『天空と地上』・・・(演奏)」

「そして、平行調のハ長調へ到達したところで、対話が始まります。(演奏)これはバッハの『半音階的幻想曲とフーガ』を思い起こさせますね・・・幻想曲の最後のところ。引き続きウナコルダで、とても面白いのがベートーベンの閉鎖的ペダル指示です。(演奏)ここはペダルなしで(演奏)この2音の16分音符だけ・・・(演奏)もう一度、ペダルなし・・・(演奏)そして・・・ここだけ。(演奏)非常に興味深いですね。それから、半階音の下降と共に、このソナタのドミナントへ(演奏)そこへとどまり・・・(演奏)そしてこの濃厚なハーモニー・・・(演奏)重要な何かの瀬戸際、という感じがしますね。それからフェルマータで、カデンツァが始まります(演奏)ここに『左のペダルを外して』と書いているんですが。一度に全てではなく、ひとつずつ弦を増やして最後には完全に視界が開けるような指示です。しかし現代のピアノでは、ほぼ不可能ですね・・・想像するよりありません。がっかりさせて申し訳なく思いますけれど・・・とにかく、古典楽器から私達が学ぶことはたくさんありますね。単なるガラクタなどではなく、非常に素晴らしいと思います。まぁ、ベートーベン自身がこれをどう聴いていたのかは、わからないと思いますが・・・聴覚障害の関係で。」

「ということで、ここで・・・(演奏)彼は徐々に弦を増やして・・・(演奏)全ての弦。(演奏)ペダルがあって・・・(演奏)それから引用が出てきて、8分音符の短い音で終わります。そしてここは素敵な瞬間です、デジャブーのような。(演奏)フェルマータ・・・(演奏)もう一度、フェルマータ(演奏)素晴らしい技巧的トリル(演奏)・・・・フィナーレへ!」

(演奏)

「素晴らしいフィナーレですね。元気いっぱいで、楽しげなユーモアに溢れて。典型的なベートーベンのユーモアですね、後期においてもなお。そしてこのリズム。(演奏)前にも・・・(演奏)あるいは・・・(演奏)ですが、こういった表現は初めてです。(演奏)登場早々、既に対位法とその模倣ですね。それはまるで『目覚まし』のように。wake up! 『起きなさい!』と。(演奏)フェルマータ。そして声部を移し、低音部へ(演奏)チロル地方に行って、ヨーデルというものをお聴きになったことがある方。・・・これは『ヨーデルの動機』ですね。とてもオーストリア風な。(演奏)主題はバスへ移って(演奏)バッハのインベンション的な、カノン風の(演奏)主題が推移して・・・(演奏)これも面白いですね、最初の拍が抜けています。1(休符)タララララーと。それから2小節だけピアニッシモでペダル、ここだけぼやけた感じに。(演奏)もう一度弾いてみましょうか。(演奏)・・・と、これは『訂正』のようなもの。そして田舎の踊り風のものが来て(演奏)2声ポリフォニーによる田舎の踊りと、その伴奏です(演奏)そして変奏・・・(演奏)偽終止。この最後の主題は、ものすごくおかしいんです・・・いや私にとっては。(演奏)さりげないユーモアです。安っぽいユーモアなどではなく。」

「それから展開部が始まり・・・(演奏)美しいコラールですね。思い起こしてみると・・・(演奏)こういったところにも繋がりがありますね。(演奏)脅かされるような和音ですね、フォルテシモの。ピアニッシモのところで・・・(演奏)こう遮るわけです。そして、この展開部にベートーベンはフーガを置いています。そしてそれは、とてもとても難しいです。練習しないと・・・いけません・・・(演奏)そして再現部へ。ですがこのフーガですら、高尚というより面白い作りです。なぜなら、ピアニッシモで・・・まるでステージの上の『悪役』が、爪先立ちで歩いている様な。(演奏)このトリルも可笑しいです。このトリルは接尾辞なのに解決しませんから。(演奏)普通はこうですけれど・・・(演奏)・・・と、まるで収まりません。(演奏)これは計画的に置かれたコミック要素です。そして、蛇足なので詳細まではお話しませんが・・・このフーガの最後で、低音域のバス音が拡大され(演奏)ここをフォルテシモで強調します。これはベートーベンの外国製ピアノだからこそ存在した低い『ミ』で、ウィーンのピアノにはなかった音です。そしてこの楽章の最後は・・・(演奏)と、このように機会があるたび、ベートーベンはこの低い『ミ』を楽しんでいます。まるで『新しいおもちゃ』を得た子供のように笑 (演奏)・・・と、これがop.101の最後です。そして次は大変喜ばしくも、語るのが非常に難しいハンマークラヴィーアです」
別窓 | シフのレクチャーコンサート。 | コメント:0 |
<<気まま練習。 | ゆにくあ缶 | コーダのとっかかり。>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

| ゆにくあ缶 |