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ピアノソナタ第27番 ホ短調 op.90
2017-03-10 Fri 02:00
Part 1. Sonata in E minor, opus 90 no. 27

第7回目プログラムより「ピアノソナタ第27番 ホ短調 op.90」のレクチャー内容です。講義時間は47分です。音声だけなのでよくわかりませんが、冒頭で「頭に変なのつけててすいません」みたいなことをおっしゃっているので、恐らく今回はヘッドセット着用なのかもしれません。さておき、途中で何度も何度もピアノを弾きながら説明されているので、出来れば音源を聴いてもらえるとわかりやすいと思います。





「今日(第7回目)は、3つのマスターピースについてお話したいと思います。ホ短調ソナタ たった今、第一楽章・提示部をお聴きいただきましたop.90、それからイ長調 op.101、op.106 変ロ長調、別名『ハンマークラヴィーア』です。私達は、後期の作品へと到着しましたね。そしてこれら後期作品は(ベートーベンソナタの中で)最も謎めいた傑作と言えるでしょう。お話すべきことはたくさんありますけれど、と同時にあまりに偉大な音楽ゆえ言葉にするのは極めて難しく・・・ですので、今日の講義で大失敗しないことを願っています。」

「それにしても本当に、これらについて語るのは容易なことではありません。無味乾燥な楽曲分析になってしまうのは避けたいですし・・・そういった視点でしたら、他にもっともっと上手に説明出来る方がいらっしゃいますから。笑 (解析については)良書を入手されるのも一案かと思います。音楽評論家達・・・彼らはほとんどサイエンティストのようだとも言えると思いますが・・・その彼らが『謎解き』に挑んでいますね。

そして、謎は依然残されたままです。特にハンマークラヴィーアのような作品について、ベートーベンは『これから向こう50年間、演奏者達を悩ませる作品となるだろう』と語りましたが、これは『世紀の謙遜』だと思います。笑 なぜなら、ハンマークラヴィーアが書かれたのは1817年~1818年頃ですけれど、その全体像は今もなお謎に包まれていますので。この音楽が何を意味するのか。また、何を伝えようとしているのか・・・といったことは誰にもわかりません。ですがひとつ言えるのは、そのモダンさゆえ常に新鮮味を失わず、決して色褪せることない斬新さと共に私達へ語りかけてくる作品だということでしょうか。」

「それでは、まずホ短調ソナタ op.90からみていきましょう。これは、ベートーベンソナタ後期への導入となる作品で、片足を過去に置いたまま、しかしもう一方のつま先は未来へと向かっています。そしてお分かりいただけるとおり、これはいわゆる『単に感じよくまとめた音楽』ではなく、むしろそういったものの対極にあって、ありきたりな枠にも収まっていません。ベートーベンは、周囲を喜ばせるためにこれを書いたわけではないのです。それから、彼はこれを意図的に2楽章構成としました。しかし既にそういった形式は経験してきましたね、例えばop.54で。(演奏)あるいは嬰ヘ長調ソナタ op.78・・・(演奏)ちなみにこのソナタより後のop.111、最後のソナタも同じく2楽章制ですけれど、これについてはまるで無限に続くような印象を受けるので、そうとはすぐに気づかないかもしれません。」

「ということで、この2楽章制という構成はハイドン時代まで遡ります。ハイドンは数多くの音楽を2楽章構成で書きましたね。モーツァルトはというと(ピアノソナタでは)一度もありません。ですが・・・ちなみに、モーツァルトのバイオリンとピアノのためのソナタ ホ短調・・・(演奏)これも同じく2楽章制です。そしてこれがモーツァルトにとって唯一のホ短調作品です。モーツァルトがあまり使わなかった調性、という点でとても変わっていますね。ベートーベンは恐らくこのソナタの存在を知っていたんでしょうし、ハイドンのホ短調 ピアノソナタについても聞き知っていたことでしょう。(演奏)」

「さて、このop.90は1814年の作品で、つまりひとつ前の-”les adieux”との間には、大きな時間的ギャップがあるわけです。(演奏)前回お聴きになりましたね・・・”les adieux”あるいはドイツ語で”Das Lebewohl”。これは1809年、ルドルフ大公のために書かれました。ベートーベンがこんなにも長い期間待ってから、次の作品を書いたのはとても奇妙なことです。opus 81a(告別)の頃は、ベートーベンの人生におけるひとつの転換期が終焉を向かえていましたから『当面、ピアノ音楽を通じて語るべきことなどない』という気分だったのかもしれませんね。と同時に、これはベートーベンにとって極めて厳しい時期で、耳の不自由さも困難を極めていましたし、および深刻な金銭問題、そして家族問題としては弟の死があり、甥のカールの面倒を見なければなりませんでした。その上、歌劇『フィデリオ』の準備にも忙しく・・・ピアノソナタについて考えている余裕がなかったのでしょう。」

「ですがその4~5年の間に、ベートーベンは再度自分を奮い立たせ構想を練り、このホ短調ソナタを書き上げたんだと思います。この曲はモーリッツ・リヒノフスキー伯爵に献呈されました。カール・リヒノフスキー公爵の弟ですね。ウィーンのリヒノフスキー家は、ベートーベンにとって長らく音楽上の良き理解者でした。このソナタに関しては逸話があり、シンドラーか・・・弟子のフェルディナント・リースあたりにベートーベンが語ったと伝えられているのが、第1楽章は「理性と感情の争い」、第2楽章は「恋人との会話」。真偽のほどは定かではありませんけれど、とても素敵な解釈だと思います。笑

「とはいえ、これは既に彼がイタリア語の音楽用語に満足できなくなっていた時期ですから、アレグロ、アダージョ、アンダンテといった言葉に対して・・・(ドイツ)愛国主義者的ではありますけれど・・・深い思考力をもつ音楽家としては、こういったイタリア語の用語だけは彼の発想を厳密に伝えきれないと考えたわけですね。そこで彼は、このホ単調ソナタ・第1楽章の頭の部分にMit Lebhaftigkeit und durchaus mit Empfindung und Ausdruck.(溌剌と、そして終始感情と表情をともなって)と書き込みました。

当然、現在の私たちは『もちろん、表情なしで演奏するなんて!』と考えますが、ベートーベンとしては(耳の聴こえない私にはもうピアノが弾けないのだから、演奏家たちのために出来る限り正確な指示を残さなくては)という想いがあったんだと思います。そしてここから先のソナタ作品には、たくさんの発想記号、また強弱や表現についての指示もみられますね。これらの手稿は2作品分残っており・・・op.90とop.101ですが・・・時にそれらは極めて読みづらく、『解読』するのが困難ですから、当時の人達はいったい全体どうやって彼の筆跡を読んだんだろうと思いますね。」

「さて。では始めましょう。これは3分の4拍子ですから・・・123、123。そして裏拍で始まります、3拍目の。123、12・・(3と同時に演奏)これらが最初の8小節になりますが、前出の説明を思い起こしてみると『感情の相互作用』ということで、この最初に出てくる意思表示は『交流』です(演奏)それは疑問符で終わり、そして答えがかえってきます(演奏)最初の部分はフォルテですから強い意思表示、そして続く部分はまるで懇願しているように。ということで、疑問の投げかけと回答・・・理性と感情。モチーフ的に言うならば(演奏)3度の音程距離です。(演奏)この『3度』については、ハンマークラヴィーアの時にもっと詳しくお話しすることになりますが、既にそちらの方向を指し示しているわけですね。(演奏)」

「問いの答えは、まるで弦楽四重奏から抜け出してきたかのようです・・・弦楽四重奏のために書かれてたとしてもおかしくないくらいですが・・・冒頭部分はとても交響的ですね。オーケストラ風、そして弦楽四重奏風。(演奏)さて、ドミナントのロ短調に到着しました。そして、続く次の8小節はこれまでと全く異なっていますよ。(演奏)またドミナントの上で止まりフェルマータですから、メトロノームのスイッチを切るべき部分ですね・・・まぁ最初から電源など入っていなかったとは思いますが。笑  それから・・・この2つ目のフレーズは、何がどう違うんでしょう。まず最初の8小節からは、縦方向のエネルギーを感じますが、続く部分はとても旋律的で横方向へ流れていますね。(演奏)」

「ハイドンやモーツァルトとは対照的に、ベートーベンは初の「レガート作曲家」です。ハイドンやモーツァルトの場合スラー表示があっても、それが1小節を超えることはまずありませんでしたし、モーツァルトのスラーはいつもバイオリニストが一弓で弾けるくらいの長さでした。ベートーベンの場合は、非常~に長いスラーが出てくることもあります。8小節、10小節、15小節なんて場合もあります。そして、それらを一弓で弾けるかどうかは関係なく、あくまで彼のイマジネーションの形ですから、時として完全に非現実的で演奏不可能だったりもしますが、でもイマジネーションの表現としてそこに必要なものなのだと思います。」

「では2つ目のフレーズを弾いてから次へ進みますね(演奏)そして次です・・・(演奏)再度トニックの上で止まり、またフェルマータ。ということでこの最初の24小節、3×8(8小節3つ分)がこの作品の軸を構成しています。3つ目のフレーズについては・・・(演奏)この大きな跳躍。1オクターブと7度ですね。ベートーベンは20年前のop.2-2を振り返り・・・(演奏)ここにも同じ形の跳躍が出てきますが・・・偶然ではないと思います。自分の子供の(昔の)写真を見るような感じですね笑 それではもう一度、冒頭24小節を演奏してみましょう。(演奏)ここで何が起こっているかというと・・・突如現れた、恐ろしい雰囲気のオクターブです。(演奏)他のハーモニーを含まずに、ただドミナント、トニック。リズムも最小限まで削ぎ落とされた123、123(演奏)そしてピアニッシモですから、とても恐ろしい感じがしますね。このソナタのダイナミクスはピアニッシモからフォルテシモと極端で、それらの間には多種多様な色彩が存在しています。」

「そして、この最初の爆発(演奏)二振りの・・・ここを弦楽器演奏に喩えるならば『下げ弓』を2回。No! No! ・・・現実の否定です。そしてもう一度・・・(演奏)ここは素晴らしいですね、なぜなら私たちは今、イ短調上にいて(演奏)それはまたしてもピアニッシモ。そして、このシ♭は遥か遠くの世界への出発です。(演奏)それから何が起こるかというと・・・鍵盤上、このシ♭とラ♯は異名同音の関係にあり・・・あまり細かいところは説明しませんけれど、残念ながらピアノとは半メカニカルな楽器なので、バイオリニストのようにシ♭とラ♯の違いを表現することは出来ませんが、そこは想像力をもって。『これはシ♭・・・』と思って弾くと、私の脳と心はラ♯とは違った感じ方をするんです。(演奏)それからミのナチュラル。これはトライトーンですね。ある筋では「悪魔の音程」と呼ばれていますけれど。(演奏)そして減七の和音が出てきますが、そのバス音は既にシ♭ではなくラ♯です。(演奏)・・・と、ロ短調へ達しますね。これはホ短調のドミナントです。(演奏)」

「それから、ベートーベンは切迫感のある8分音符を伴奏に置き・・・(演奏)合わせると(演奏)そしてフォルテシモに至ると、そこへリタルダンドと書いていますね。このように彼の指示は非常に厳密で、演奏者には選択の余地がほとんど残されていません。では、この2音を聴いていてください・・・(演奏)嬰ヘ音とト音(ファ♯とソ)。これらはこの楽章にとって、非常に重要な鍵となりますので。ト音は11回ですね。(演奏)それから次の主題が出てきますが、嬰ヘ音からト音の後はその転回形としてト音から嬰ヘ音へ(演奏)非常に興奮した様子の16分音符伴奏で、とても弾きづらい音形です。(演奏)バス音程に注目してみると(演奏)ちょっとこんな感じ・・・(演奏) まぁ偶然かもしれませんが。(シューベルト作品への影響について若干匂わせたあと)

とにかく主要主題の・・・(演奏)転回形は・・・(演奏)となりますが、つまりここのバス音程は主要主題の転回形ですね。これがベートーベンの手法なんです。小さなかたまりやモチーフを取り出し、そこから段階を追って作り上げていく・・・単なる章単位ではなく楽曲全体に渡ってです。そして、そうした点がベートーベンという作曲家のユニークなところだと思います。とはいえ・・・これはハイドンから受け継がれたものですけれど。ハイドンは(こういった手法の)達人でしたから。(演奏)その変奏・・・(演奏)そして最終主題です(演奏)不協和音がぶつかり合い、またしても嬰ヘ音からト音です。(演奏)ここはナポリの六度・・・(演奏)本当に挑戦的といいますか・・・とてもモダンな音楽ですね。(演奏)またト音から嬰ヘ音・・・(演奏)恐らくお気づきになったかと思いますが、とてもコンパクトです。実はこれはベートーベンのソナタの中で最も短い提示部のひとつで、わずか1分以下で終わってしまいます。感覚的には短いですが、たくさんのことが盛り込まれています。」

「さて、提示部をロ短調で終えた後、展開部は『ミ』ナチュラルの単音から始まります。(演奏)この8分音符の伴奏については、既に聴いていますね・・・(演奏)それが今度はアルトに移され・・・(演奏)お分かりのとおり、これは『新言語』です。もはや『熱情』や『告別』の時の言語ではありません。(演奏)そしてこの美しいテーマ・・・これは9小節目でも聴きましたね。(演奏)今、最初の4小節だけ聴きましたが、ベートーベンはここで素晴らしい対位法をもちいており、それは極めて独立しています。それからここで触れておきたいのですが、名作曲家たちはみな人生のどこかで『バッハは全ての音楽の父である』と悟りました。当たり前のことのようですが、意外とそうでもないんです。そしてその発見の瞬間以降、彼らの手法の中に新たな領域があらわれました。

モーツァルトの場合1782年頃、ヴァン・スヴィーテン男爵の館でのバッハ体験をきっかけに、彼の音楽はより複雑に対位法も頻繁に用いられるようになりました。フーガも書きましたね。つまりそれと同じことがベートーベンにも起こったわけです。(演奏)本当にとても美しい対旋律ですね。(演奏)旋律はテノールへ移動して(演奏)そこへ素晴らしい装飾的音型が加わえられ(演奏)そして今度はバスへ(演奏)ここで見られるのが『解体の過程』です。8小節からなる主題は、まず4小節に、そして2小節・・・最後は1小節のみという風に。彼はその後さらに解体しますけれど。ではこのあたり全体を演奏してみますね。(演奏)おわかりになるといいんですが・・・だんだん小さくなっていきます。2小節・・・(演奏)1小節、1小節、1小節。それから・・・(演奏)バス音程は上昇をみせて・・・(演奏)それからトニックの四六の和音へ到着します。そして、この装飾的伴奏は・・・(演奏)」

付加的なものに感じますが、何が起こるかというと(演奏)彼はこの装飾音形の上で止まって(演奏)16分音符の5つの音ですが(演奏)装飾音形は8分音符から4分音符、それから2分音符へと変化します。(演奏)低音域は高音域を真似ていますね。ここの部分は(練習に)時間をかけてください、なぜならとても珍しい形ですので。(演奏)5つの音から、4音、3音・・・そしてベートーベンが気づいたのはソ、ファ♯、ミ・・・また・・・(演奏)ですが、これを把握するのはとても難しいことです。もう一度演奏してみましょう。(演奏)非常に濃縮されコンパクトにまとまった部分の模倣ですね。(演奏)・・・と、冒頭へ戻るわけです。ということで、極めて非凡だと思います。ベートーベンは、これまでこんな風に書いたことなどありませんでしたので。再現部には、新しい点もありますがそこにはあまり時間をかけられませんね・・・でないと、いつまでたっても講演が終わらないことになってしまいますので。ええと・・・それではコーダを演奏させてください。(演奏)3つ目のフレーズと同じで、違いといえば『リタルダンドなし』という点で、それは気化するように終わります。」

(演奏)

「そしてこれが「恋人との会話」ということになります。Nicht zu geschwind und sehr singbar vorgetragen (速すぎず、そして十分に歌うように)。ベートーベンは美旋律が書けないなどと言う方は、ここでその間違いを証明されることになりますね。ほとんどシューベルトのソナタを彷彿させますが、確かに・・・19歳という若さのシューベルトによる『ホ短調の未完ソナタ(D.566)』は(演奏)ベートーベンソナタに酷似していますが、(シューベルトにとっては)残念なことにベートーベンが先です笑 ・・・とはいえ、私達の愛するシューベルトについて悪く言うつもりはないんですよ。なぜなら、これはベートーベンに対するオマージュですから。」

「この素晴らしい横旋律があって・・・しかし、『理性との関わり』についても忘れずにおきましょう。なぜなら(演奏)3度の、長調で。その転回形は・・・(演奏)ロンド主題は、この楽章の中で5回、回帰しますけれど、アルトゥール・ルービンシュタインのような素晴らしい音楽家ですら、この曲をロシアで開かれたばかげたコンクールで演奏しました(・・・全コンクールがばかげていると思います笑・・・ですが昨今は昔と比べその数は増える一方ですね。増えれば増えるほど、ばかばかしさも増す気がしますが笑)。それで、ルービンシュタインがホ短調ソナタの第2楽章を演奏した時、『どうしてベートーベンは、この主題をそう何度も回帰させるんだ』と不平を言ったそうです。・・・多すぎると。けれど、私は全くの反対意見です・・・これだけの美しい主題に、多すぎるなんてことはありえないと思います。それに常に・・・全く同じではありませんから。それは前後関係によって変わってきます。たとえばもし嵐のようなエピソードの後にこのロンドを聴いとしたら、その時は全く別の耳で聴くことになりますね。」

「ということで・・・これはロンド形式の中にソナタ形式の要素も多少含んでいます。そしてこれはエピソードのひとつで(演奏)そして第2主題へ(演奏)とても美しい構造、音のコンセプトがみられますね。(演奏)まるで、コントラリーモーションのゆったりとしたトリルが書き起こされているように。そしてそれらが合わさると、ナチュラルな絵画のような印象を与えます。シューベルトの音楽にみられる水のエレメント。(演奏)ここにも同じように・・・(演奏)そしてこの推移の後、コラールのような次の主題が三連符の伴奏と共に現れます(演奏)続く4小節は16分音符の伴奏を伴う変奏です(演奏)そしてまたしても、あまりに自然で当たり前のことのようですが、バス音形をみていただくと・・・(演奏)3度による動機の転回形ですね。(演奏)そして愛すべき(ロンド)主題です。一秒たりとも長すぎるとは思いません。ベートーベンの音楽が長すぎるなんてことはないと思います・・・単に忍耐力に欠ける人が存在するだけで笑」

「それから、また非常に興味深いエピソード・・・ほとんど展開部のようなそれは、こう始まります(演奏)嬰ハ長調・・・(演奏)私がさっき申し上げたのはこのことです。嵐の後に感じる帰巣感覚、このコントラストが必要なんです。コーダについても、ほんの少し。この楽章の最後に位置するそれは・・・とても美しいです。主題はソプラノ・テノール間を移動します(演奏)それからソプラノに移り(演奏)テノールへ戻って・・・(演奏)チェロのような素晴らしい音色ですね(演奏)ピアノのような音ではまるでありません・・・(演奏)ソプラノへ戻り・・・(演奏)とここで終わっても良いようですが、まだエピローグへと続き・・・(演奏)終わったことを誰も気づかせないような感じですね。素晴らしいのは、ここでゆったりしたテンポのままスローダウンし、また弦四重奏のように(演奏)全ての声部が共に歌い、そして彼はアッチェレランドからテンポプリモに到達させますが、アッチェレランドで『普通の(最初の)テンポ』です。それ以上ではなく。これは多くの演奏家にとって論点となっている部分ですが、私はあくまで最初のテンポまで。という見解で納得しています。そして最初のテンポへ戻ったらp(ピアノ)、それから最後の小節はスビトピアニッシモです。『だんだんゆっくり』ではいけません。こんな風に・・・(演奏)この最後ですら、転回形・・・(演奏)という風に、最初と最後が出会うわけです。終了後の拍手はないほうが理想的ですね。なぜなら拍手を必要とするような感じ(の終わり方)ではありませんので笑 このソナタはコンサート向きの作品ではないと、もともとそういったねらいで書かれた曲ではないと思います。ですが努力がぎっしりと詰めこまれた作品ですね」



興味深い論文を発表されているページをみつけたので、よろしければ。

『フーガがモーツァルトの後期クラヴィーアソナタに与えた影響』 教授 原 佳之さん

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