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ピアノソナタ第23番 「熱情」 ヘ短調 op.57
2017-02-06 Mon 08:00
Part 2. Sonata in F Minor, opus 57 no. 23 'Appassionata'


第6回目プログラムより「ピアノソナタ第23番 「熱情」 ヘ短調 op.57」のレクチャー内容です。講義時間45分程度です。この曲はもちろん、ベートーベンに限らずショパンでもなんでも、強い印象を受ける曲ほどナポリの6度のハーモニーを分散和音など、いろいろな形で効果的に使っていますね。さておき、途中で何度も何度もピアノを弾きながら説明されているので、出来れば音源を聴いてもらえるとわかりやすいと思います。




「次にご紹介するのは、ヘ短調ソナタです。この曲は、単に『ベートーベンの』ということではなく、西洋音楽全体でみても不朽の大傑作と言える音楽のひとつですね。そしてもちろん、非常に有名な作品ですが・・・なにより私は、この曲を耳にする度・演奏する度に深い感動を覚え、なんて素晴らしいんだろうと感嘆せずにはいられないのです。それから『熱情』というタイトルは作曲家によるものではなく、出版社による銘々ですけれど、これにベートーベンも特に異論を唱えていません。私としては・・・むしろ『sonata tragica 悲劇』と呼びたい気分ですけれど・・・なぜなら、本当にギリシャ悲話のようですので。悲劇的な終焉と共に、そこにカタルシス・・・『夜明け』的な結末はありません。途中、真ん中の楽章で少しだけ日が差しますけれど、変奏と共に変ニ長調でね。」

「今回も作曲コンセプトが素晴らしく、ふたつの巨大な楽章がヘ短調であって、その間には変奏曲形式の変ニ長調が置かれています。そしてこの楽曲は全体がひとつとして作曲されました。第2、第3楽章と止まらずに演奏します。それと、ベートーベンがワルトシュタインでも既に使ったテクニックのように、第2楽章の途中から最終楽章へと緩やかに繋がっていきます。ヘ短調はベートーベンが既に熟知している調性です・・・なぜなら一番最初のソナタが・・・(第1番の冒頭演奏)つまり(ヘ短調でのピアノソナタは)2つあって、そのうちのひとつが1974~1975年頃に書かれたピアノソナタ第1番ですね。そして何度も話題に出ていますが、なぜなら最初のソナタですし、この『マンハイム・ロケット』モチーフで始まりますから(演奏)マンハイム・スクールの作曲家によって生み出された手法でしたね。」

「そしてこのソナタは・・・(それとは)とても違った始まり方をします。ベートーベンの作曲したピアノソナタの中でも特に威風堂々とした作品のひとつですが、にもかかわらずピアニッシモで始まります。興味をそそられませんか・・・彼のソナタが多くの場合ピアニッシモで始まるということに。実はフォルテシモで始まるソナタはひとつしか思い当たりません・・・ハンマークラヴィーアです。(出だしだけ演奏)これだけですね。そしてフォルテで始まるソナタもたくさんありますが、ほとんどのソナタはピアニッシモで開始します。そしてミステリオーゾ・・・」

(演奏)

「とこれが、提示部です。途中で止まりたくなくて・・・遮ってしまうのは残念に思いますから。それでは、この提示部の詳細をいくつかみていきましょう。とても重要なのが、このユニゾンによる冒頭部分ですが、2つの声部を隔てる距離は2オクターブあります。(演奏)そうすることにより、それはより危険な印象を与えるのです。そこにある強烈な危機感。何か・・・とても酷いことがこれから起こる予感、といった風に。(演奏)ここのトリルは、まるで風に巻き上げられる枯葉のようですね。(演奏)全て白紙で、それは常に疑問符で終わるんです。ベートーベンはここに『アレグロ アッサイ』と記していますので、非常に生き生きと、ということになりますが、拍子は、8分の12ですから・・・タタタ タタタ タタタ タタタ・・・ですね。私はいつもこのソナタを演奏する時、1時間くらい前から心の片隅では既に ラタタタ タタタ タタタ タタタと脈打っているんです。」

「さて、ほとんどの方がこの作品をよくご存知かと思います。にもかかわらず・・・試すようなことはしたくないんですが笑・・・私がこの曲を歌ってみてくれませんかと尋ねると、たいてい ♪タータター タータター タータター♪・・・・多くの方が(この曲の)リズムを知りませんけれど、実はとてもシャープなリズムなんです。(左で拍を刻みながら演奏)ということで、曲の冒頭部分は前奏曲的位置づけではなく、ここでこう開始しますが(演奏)この時点で(音楽は)既に前から引き継がれています。ですから、この作品は一番最初の音から始まるということです。・・・当たり前のことのように思えますが、そう聴こえないことが多いので。この楽章は、最も解釈の難しいピアノ音楽のひとつだと思います。総体的に捉えなければなりませんね・・・異なる性質のものを総体的に。」

「と、それが8分の12拍子のリズムです。そして14小節目に差し掛かると・・・何かが起こります。(演奏)このモチーフ・・・この『運命』のモチーフです。(演奏)ですが、これは『運命の宣告』ではなく・・・遥か彼方からやってきて・・・(演奏)ということで、まだ始まったばかりですから、ここで恐らくナポリタンのハーモニーについて触れておいた方が良いですね。それは(演奏)半音上がった音・・・それがこう呼ばれます・・・(演奏)ナポリの6度です。このソナタ全体を通して非常に特徴的な部分です。(演奏)・・・ここで半音上がり(演奏)ベートーベンは、ワルトシュタインでのアイディアを反転させ(ワルトシュタインを少し演奏)・・・全音下がり・・・(ハーモニーの推移を演奏)そしてここでは、その反対です。(演奏)」

「それから・・・(演奏)ポコ リタルダンド、そしてこの初めての火山噴火です。(演奏)そして、オーケストラ全体による噴出。(演奏)この部分ですら、コントロール不可能ではありません。シンコペーションを用いた8分の12拍子です。ラタタタ タタタ タタタ タタタ・・・(演奏)123・・(と休符を数えてから演奏)ここでベートーベンはバスを半音下げ、私達を全く別の地方へと誘います。(演奏)この繰り返される8分音符の連打が聴こえますか?(演奏)これが音楽による至高の扇動感です。そして・・・(演奏)嵐はややおさまりを見せ・・・(演奏)しかし、8分の12拍子の拍感は健在ですね(演奏)それから、この第2主題(演奏)真新しいテーマのように聴こえますけれど、主要主題と密接な関係を持っています。(演奏)それはほとんど長調での・・・平行調での展開形のようです。(演奏)そして、やっと平静さを取り戻したと思ったところで、ベートーベンはそれを遮ります。また感嘆符です。(演奏)変イ・・・またしてもこれはナポリの6度です。(演奏)」

「これだからこの楽章を演奏するのは、非常に難しいんです。このように『時が止まる瞬間』というのがあって、ですが自由なカデンツァではないので、常に拍感を念頭に置かねばなりません。(演奏)このパッセージは私にとって『鳥肌パッセージ』なんです。感じますか・・・この信じられないほど素晴らしい・・・(演奏)モルトレガートで・・・クレッシェンドも何もなしですよ・・・(演奏)嵐の登場です。(演奏)’blitz und donner’-『雷と稲光』と共に。そして・・・(演奏)このソナタは、少なくともニ短調ソナタと同じくらい、シェイクスピアの『テンペスト』と関係が深いと私は思います。ということで、これが提示部の終わり。」

「そしてここから展開部が始まります。(演奏)エンハーモニック(異名同音)転調です。(演奏)ラ♭がソ♯になります。ピアノでは・・・私達ピアニストは(ここで)いつも音程がくるってしまうんです。調律はしているんですが・・・私達にはどうすることも出来ません。ですが心の耳では感じることが出来ると思います・・・この美しい変化を。(演奏)という風に常に転調しています。ここで演奏を止めたのは、とても重要な部分だからです。新しい主題で・・・こういった部分でいつもベートーベン(作品)に感銘を受けるのですが、彼はここで自分を抑え、譲るんです。とても人間らしい側面を私たちに見せていると思います。(演奏)そして私達は重要な鍵を握る『変二(長調)』の上にきました。これがニ短調で・・・(演奏)3度の関係調ですね。しかし(そういった点よりも)既にお話したとおり、この作品の中で変二長調はとても大切な調です・・・こことの関係で(演奏)そしてこの変二長調から登っていきますけれど、ここではバス音の動きを追うことが非常に重要となってきます。構造の上っ面だけ聴いてはいけませんよ・・・基盤こそが大切です。(演奏)」

「私達はこの素晴らしい第2主題をまず耳にしますね・・・(演奏)ですが一方、バス音はというと・・・2オクターブ上がっていきます。(バスを強調して演奏)聴こえますか?(演奏)さらに登りつめ・・・(演奏)という風に・・・ここから・・・ここまで登ってくるわけですね。全2オクターブですから、壮大な登山です。そして彼は、この減七の和音の上に留まり・・・(演奏)と彼はここで、意図的にペダルを使っています。彼は最初にペダルを導入した名作曲家で、楽譜上にペダル指示を加えていますから・・・変えてはいけません。あるべきは膨大な反響音です。(演奏)常にレ♭ですね・・・聴こえますか。そして私達が冒頭で聴いた『運命のモチーフ』がピアニッシモで・・・(演奏)ですがここでは、真のアポカリプスのように。(演奏)そしてここが再現部へ向かう地点です。それから、私は最初に『8分の12拍子の拍を感じなければならないですよ』と申し上げましたが(演奏)ベートーベンはここで、真意を明らかにするわけです。ピアニッシモのオスティナート(執拗反復音形)バスが繰り返しています。(演奏)そして半音分上がり・・・(演奏)そして今、長調ですね。再現部について、全詳細を追うわけにはいきませんけれど、信じられないほどのエナジー・苦悩を感じ取ることが出来たと思います。ここの部分はいつも心臓発作を起こしそうになるんです・・・もしコンサート中に起こったとしたら、悪い逝き方ではないとは思いますが笑 そう努めているわけでは決してないですけれど・・・病院(で最後を迎えること)に比べたら、断然良いと思います。」

「そして、大変素晴らしいコーダ。(演奏)またしても変二長調。この調から、なかなか逃れることが出来ません・・・ベートーベンはよほど変二長調を好んだんですね。(演奏)これまでに積み上げたものが一気に解体され『運命のモチーフ』だけが残り(演奏)・・・そして噴火(演奏)8分の12拍子はなお健在で、それはまるで『最後の審判』(演奏)実にアポカリプス的シーン・・・Dies irae(怒りの日)のようですね。そしてベートーベンは全ての・・・彼の鍵盤上に存在した全ての『ファ』を奏でます。彼のピアノはだいたいこのくらいの長さで(ここは身振りで短いことを示しているかと思いますが)私達のはもっとたくさんありますが音楽自体も(比例して)良くなったわけではありません笑」

「さて、嵐の後に求められるのは・・・静寂さです。そしてここでベートーベンは、この穏やかな変二長調(第2楽章)を与えてくれました・・・とても厳粛なテーマです。(演奏)アンダンテ コン モートですから『歩くような速さで』遅すぎずに・・・そして変二長調で、とてもシンプルなテーマです。最初の8小節に出てくるメロディーは、たった2音から構成されています。(演奏)ですが今回も、バスに注目するのが好ましく・・・(演奏)そして、この付点のリズムは『行進』を彷彿させますね。非常に厳粛な行列です。それから最初の8小節が繰り返されますが、ここでは次の8小節を演奏してみますね。(演奏)ここで私達がすぐに気づくのは、暗い響き・・・ベートーベンは低音域を使っています。ですから、チェロやコントラバスといった低音の弦楽器・・・そして私のイマジネーションの中にはトロンボーンもいます。(演奏)なにか祝祭的かつ厳粛な様子です。」

「それから(構成的には)主題と3つの変奏、そしてコーダ。となりますが、ここで注意を払うべき2つの特徴的な傾向があります。ひとつ目は暗から明への流れ。最後の変奏に至る過程で、徐々に明るさを増していきます・・・まるで日が昇るように。そしてもうひとつは大きな音価から始めて、それを変奏ごとにどんどん小さくしているということです。まず4分音符で始まり・・・(演奏)最初の変奏は、8分音符。左手がスタッカート・・・(言い直して)右手がスタッカートで左手がレガートです。(演奏)まだ暗闇の中ですよ。そして第2変奏が始まると、やや光に近づき・・・16分音符。ここはモルト レガートです(演奏)そして最後の変奏で私達は光に包まれます。32分音符ですね・・・(演奏)アポテオーシス的この後は・・・(演奏)エピローグへと続きますが、ベートーベンはここで主題からほんの一部だけを抜き出して使っています・・・それらは他の音域へ移されて。」

「ベートーベンの素晴らしいところは・・・それがほとんど毎回ピアノには聴こえないところです・・・・と言いますか(自分の演奏を指して)そう聴こえていないといいんですけれど笑 私達は常に、弦・管・金管・・・といった様々なオーケストラの楽器の音色を想像しながら演奏すべきですね。一方・・・とんでもないことに、これをオーケストラ編曲する方が存在します。これら(のピアノソナタ)は、ピアノで演奏するから素晴らしいのです。ですから、ピアノで何百万もの音色を表現すべきであって、何百人もの『十分に稽古しない人々』によって演奏されるべきではありません笑 それでは、この楽章の最後の部分を演奏してみましょう。(演奏)金管楽器・・・そして木管・・・(演奏)チェロと共に(演奏)再度、木管楽器・・・(演奏)・・・そして、こう来るかなと予想されますが・・・実際の展開は違います。(演奏)・・・最後の音があって(演奏)アルペジオ・・・フェルマータと共に。それから再度訪れる『危機』。ベートーベンはこの和音を繰り返します。左にアルペジオ、右に和音。さらに彼は、ここにseccoと書いていますので『乾いた音で』ということですね。ということで、こうあって・・・(演奏)トランペットによる『最後の審判』のように。」

「そして最終楽章は『アレグロ マ ノン トロッポ』ですから、これもまた速く演奏しすぎてはいけません。チェルニー練習曲等ではなく、音楽的最高傑作のひとつなのですから。そして(全体を)焦って演奏さえしなければ、世界の終わりが訪れる最後の『プレスト』・・・ここで、ほとんど耐え難いほどの緊張感が表現されると思います。(演奏)タカタカ タカタカ・・・(とテンポ&リズムを口頭で示し)これより速くならないように。そしてベートーベンの天才的なところは、全てがことごとく繋がっているという点です。最初に出てきたナポリタンの移調を覚えていらっしゃるかと思いますが・・・(演奏)ここでも・・・(演奏)同じ連結方法を使っています。そして連続的16分音符で無窮動な音楽が展開されているかのようですが、その下地にはこの『ため息』のような動機-sospirando(ソスピランド)があります。(演奏)ということで、これらの小さな音符の背後にある主要動機を見つけなければなりませんね。」

「それから最初の楽章と同じく、重要なのが『繰り返しが欠落している』という点です。提示部が繰り返されていませんね。これはほとんど前代未聞のことです。なぜなら通常のソナタでは提示部が繰り返されますので。ですから、ベートーベンはこのトラディションを打ち破ったわけです。と共に、どれほど彼が新しい方向性をみつけようと努力していたか、ということがおわかりになるかと思います。第1楽章には全く反復がなく、そしてこの最終楽章に関しては提示部の反復はなし、続く展開部・再現部は繰り返されています。そしてこれはop.54の・・・(演奏)・・・この楽章にあったように・・・(演奏)興味深いバランスを生み出すわけですね。むしろ短めの前半、そして巨大な後半にコーダ、といった風に。では展開部からもう少し演奏してみましょう。(演奏)これもまた新しいモチーフです。第1楽章と全く同じタイミングで登場しています。(演奏)どちらも新しいテーマを紹介する役目ですね。(演奏)まるでバッハによる2声インベンションのように互いを真似し合い・・・そして、これにうんざりした彼はユニゾンでその鎖を断ち切ります。(演奏)」

「と、これが再現部です。覚えていますか、鳥肌パッセージ。(演奏)第1楽章のこの部分と対になっていますね。そして再度ピアニッシモで、クレッシェンドはなし。ペダルをどこで踏んでどこで離すか、という厳密な指示もあります。(演奏)全てをひとつのペダルで・・・(演奏)それからこの『ソ』で離して・・・ドミナントでまたペダルです。(演奏)ここにはスフォルツァンドを書いていますね。(演奏)ナポリタンの上に(演奏)それから、この巨大な展開部・再現部を繰り返します。最後は非常に恐ろしいです。彼はものすごい accelerando(アッチェレランド)を置き、どこまでもスピードを上げていきます。それはまるでハンガリー舞踊のチャルダッシュのように。リストの作品に”csardas macabre”というのがありますが、これは『死の踊り』のことですね。(演奏)ということで、これが・・・これは極めて素晴らしい作品であり、常に私達を驚愕させ続けています。」


Danse_macabre_by_Michael_Wolgemut.jpg
Danse macabre by michael Wolgemut
Reference:https://en.m.wikipedia.org/wiki/Danse_Macabre
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