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ピアノソナタ第14番 「幻想曲風ソナタ(通称・月光)」 嬰ハ短調 Op.27-2
2016-11-22 Tue 01:37
Part 3: Piano sonata in C-sharp minor, opus 27 no. 2 ('Moonlight')


第四回目プログラムより「ピアノソナタ第14番 「幻想曲風ソナタ」 嬰ハ短調 Op.27-2」のレクチャー内容です。この曲の講義は25分ほどです。今回も、シフさんのこだわりが炸裂する回となっております。笑 音源の一番頭は、前回の13番についての説明なので省略しました。途中で何度も何度もピアノを弾きながら説明されているので、出来れば音源を聴いてもらえるとわかりやすいと思います。




(全てをひとつのペダルで・・・第1楽章冒頭の演奏)


「うーん、何か変だな・・・と思ったかもしれませんね。知っているそれとは違う・・・あなたが演奏した時はこんな風に弾かなかったし、おばあちゃんだってそんな弾き方はしなかった、と。笑 あるいは・・・『エリー・ナイ(ベートーヴェン弾きピアニスト)の弾き方と違う!』ですとか。笑

では、説明させてください・・・本来は『曲の解釈を口頭で説明する』なんてよろしくないのですが。この場合は説明することが重要かなと思います。なぜなら、このソナタは非常に有名な作品であるにも関わらず、間違った解釈をされていると確信を持っているものですから。そもそも私は、これほどまでに(真実が)間違った伝統をもって、何層にも厚く覆いつくされた作品を他に知りません。まず第一に『月光』という通称・・・はナンセンスです。これはベートーベンではなく、詩人で音楽評論家でもあったルートヴィヒ・レルシュタープによるものです。レルシュタープは良い詩人で・・・例えば、彼が作詞したシューベルトの”Schwanengesang”- 白鳥の歌。」

(ここで、白鳥の歌 第1曲目の『愛の使い』を弾き語りと思いきや、すぐやめるシフさん)

「・・・と、これがルートヴィヒ・レルシュタープです。彼の詩の数々は素晴らしいですが・・・その彼いわく『美しい夕暮れ時。ルツェルン湖で小舟に揺られていたら満月がみえた。そしてそれが嬰ハ短調ソナタ 第1楽章を思い起こさせたのだ・・・』と。ここから月光ソナタという通称がついたわけですが・・・これは、お気の毒なベートーベンとは何の関係もありません。しかし、(以来この呼び名が)嬰ハ短調ソナタにべったりと貼りついてしまいました・・・まるで『糊』のように。しかしこの作品には、前回お話したソナタ(Op.27-1)と同様に、『幻想曲風ソナタ』という名称が既につけられています。」

「さて。嬰ハ短調ソナタは通常と違い、ゆったりとした楽章から始まります。『アダージョ・ソステヌート』と印されていますから、『ゆったりとしたテンポで、音を十分に保って』ということですね。ですが、この作品は初稿がありますので、・・・これは初版のことではなくて『手稿』が残っています。そして、そこに『アッラ ブレーヴェ』とベートーベンは書き加えました。アルファベットCを真ん中から二つに分けた、あれですね。ですから、ゆっくりとした『アダージョ』でも1小節に対して2つ数えます。1、2、1、2・・・(と数えながら冒頭を少し演奏)これでも十分ゆっくりですが・・・もし『通常この曲が演奏されるテンポ』で弾くとしたら・・・(極端にゆっくりと演奏)・・・朝食を食べて・・・ランチにディナー・・・それでもかわいそうなピアニストはまだ第1楽章を演奏していますよね。笑 と、それが1点。」

「そしてもうひとつ。ベートーベンは、この楽章の冒頭にイタリア語で "Si deve suonare tutto questo pezzo delicatissimamente e senza sordino" と、書き残しているんですが、それを翻訳すると 『全体を通して出来る限り繊細に、なおかつソルディーノは使わずに演奏すること』 ・・・ここでややこしいのが用語解釈です。なぜなら、ソルディーノ”sordino”は『ソフトペダル』という意味ではありません。それにもし、ベートーベンがソフトペダルのことを指示したかったのならば、”una corda” ウーナ コルダと書いたと思います。『ソルディーノなし』・・・これが意味するところは『ダンパーなし』ということです。つまりダンパーが上がった状態、すなわち全体にペダルをつけたまま演奏せよ。という意味です。」

「そしてもちろん、多くの私の同業者は『それは知っているし読んだけれど、現代のピアノでは無理だ。』と言うんです。それで、『失礼ですが・・・私は違うと思います・・・なぜ現代のピアノでは出来ないんです?試してみましたか?』と訊くと、彼らは『いや試したことはないけれど。でも無理だから』・・・と。これでは論議として不十分です。笑 ベートーベンは・・・私達がその言動を真摯に受け止めるだけの価値くらいある大作曲家です。そしてもし、その彼が何か特定のことについて書き残しているのなら、チャンスを与えてあげなければ。彼なりの理由があったに違いないのですから。ベートーベンは、とても特別な響き・・・特別な音を表現したかったのです。ハーモニーが共に『泳ぐ』感覚・・。そして倍音は互いを強調し合うのです。」

「まずバスがあり・・・(バス演奏)それから”ostinato”オスティナート(執拗反復)の3連符・・・(右手の3連符演奏)それらを合わせると・・・(両手演奏)そしてこの楽章は、注意深くアーティキュレーションをつける必要があり・・・もちろん現代のピアノでは、ペダルを下までいっぱいに踏み込んだりはしませんけれど、だいたい1/3くらいを目安に。それで十分です。それから、この付点付きのリズムが来ますが(右旋律の演奏)数分前に弾いた・・・(12番 第3楽章『葬送行進曲』の冒頭と、月光の旋律を比較演奏)両方とも『葬送』のリズムのようですね。

ところでエドウィン・フィッシャーは、著書のベートーヴェンソナタの本の中で素晴らしい発見をしていました。
彼いわく、『月光ソナタという表題は自分の中でどこかしっくり来ない。どうもそんな風には感じられない』と思っていた時に、ウィーン楽友協会のアーカイブで小さな紙切れを見せられたのだけれど、それがベートーベン直筆のスケッチだったのです。ベートーベンは、モーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』から、ドン・ジョヴァンニが騎士長を殺害する場面の楽譜を書き写していました。そして、それはこんな音楽です・・・(聴き慣れた3連符の演奏)

これを嬰ハ短調へ移調すると・・・(演奏)これで私には、この音楽の真理が明々白々だと思えました。これは『月光』などではなく、葬送の場面であり死の場面。ベートーベンは、モーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』のことを考えていた・・・ということなんです。これはとても重要だと、私は思います。(もう一度頭から演奏) 輪郭がぼんやりとして遠くの景色のようですね・・・月光は無関係です。そして、ペダルは全く踏み変えていません・・・私はベートーベンを出来る限り真面目に受け止めようと、努めているので。彼はこれが本当に欲しかったんです。」

「それから、この楽章は形式定義が難しいですね。ソナタ形式ではないですし・・・まるでバッハのプレリュードのような感じです。このオルガンと共に・・・(演奏)・・・それから、旋律的には・・・ほとんど何も起こっていないようですね。3連符のオスティナートがあって・・・ダイナミクス的には全てピアニッシモまたはp(ピアノ)音域の中で・・・それより大きい音は出てきません。本当に幻想的で・・・(演奏)ナポリタンのハーモニーが非常に重要ですね。(演奏)ここ・・・それから・・・(演奏)バスに何が置かれていますか?・・・葬送行進曲ですね。(演奏を終えて)私にとっての第1楽章とは埃だらけの名画のような存在。すなわち、私達は『復刻作業』をせねばなりません。しかしそうすることにより、画家の描いた本物の色彩を手に入れることが出来るでしょう。」

「それから、この素敵な真ん中の楽章(第2楽章)が始まります。変二長調で・・・これは嬰ハ短調の異名同音にあたりますね。そして、このぼやけたペダルの直後、突然の音楽的感覚が訪れます・・・ペダルのない音です。それはまるで、透き通った新鮮な空気のように。(演奏)またしても弦四重奏です・・・3つの楽器が演奏し、チェロは休んでいます。(演奏)・・・そしてチェロと共に(演奏)・・・チェロなし・・・チェロあり・・・(演奏)・・・その変奏です(演奏)たくさんのスタッカートの後はレガートです。(演奏)とこのように、たくさんの疑問符です。(演奏)大きな疑問符があって・・・(演奏)・・・これが回答です。(このあとに続く)トリオは、再度『夜』がテーマです。私達は地上に戻ってきましたよ(演奏)アクセントとシンコペーション。これもまた、初稿によってはっきりと確認することが出来ますが、ベートーベンは『フォルテピアノはテノールのみ』と書いています。(演奏)まるでホルンのように。(演奏)ピアニッシモ・・・そして常にこのホルン・・・(演奏)そして、ダ・カーポ。フランツ・リストはこの楽章のことを『2つの深淵のハザマに咲く、一輪の花』と喩えました。とても素晴らしい注釈だと思います。それから、これらはほんの1~2分の間に終わり、地獄へと戻ります。」

「さて、ここでやっとソナタ形式との再会です・・・待ち焦がれました。笑 そして、まぁなんと素晴らしい楽章でしょう。私達は振り返って思うわけですね、『ベートーベンの最終楽章は、いつもなんて素晴らしいんだろう』と。まるで当たり前のことのように、慣れきってしまうところがありますが・・・しかし考えてもみてください。彼よりも『後に』現れたほとんどの素晴らしい作曲家達。例えばシューベルトですら、あるいはシューマンそしてブラームスについても頻繁に感じるのは『ああ、なんて素晴らしい作品だろう。しかし最終楽章が他と比べて引けを取るのが残念だ』ということです。・・・けれど、ベートーベンにはそういった作品が1つもありません。彼はそのあたりを非常に上手にやっていると思います。このソナタにおいても、最初の2つの楽章と素晴らしいフィナーレの釣り合いが取れるよう、うまくバランスが取られています。だからこそ構成が成り立って、まるで素晴らしい建築物をみているような感覚があるわけです。」

「(この楽章においても)ペダルの使い方は致命的に、ものすごく重要です。ベートーベンは、ペダルを取り入れた最初の大作曲家ですね。初稿に常に見られるのが、”con sordino” と ”senza sordino” 『ダンパーあり』 および 『ダンパーなし』です。ということで、ゆっくり演奏してみると左手は・・・(左手演奏)・・・そしてこの2音は・・・常に和音とペアになっています。そして、この和音だけ常にペダルをつけてください。それ以外は全てペダルなしで。では、ゆっくり演奏してみますね・・・少しばかりの練習はあったほうが良いので・・・(と小さな声で言うので、会場うける笑 そして冒頭を少しテンポを落として演奏)・・・ね、わかりますか? クレッシェンドなし、p(ピアノ)だけですよ。そしてこの脅迫的な・・・(演奏)・・・それではちょっとスピードアップしてみると(規定テンポで演奏)・・・とここで、最初のクレッシェンド。本当に前衛的な作品だと思います。そしてドミナントへ到着した後は、この素晴らしい旋律です。嘆きの旋律・・・(演奏)フレーズごとに、クレッシェンドとディミヌエンド(演奏)そして変奏ですね・・・(演奏)それから、ここは壮烈に(演奏)・・・と、前にも言ったとおり、ナポリの和音の響きはとても重要ですよ。(和音演奏)繰り返して!(演奏)そして新しい主題が『モルト・アジタート』で・・・(演奏)それから全てをフルオーケストラ風に(演奏)・・・ここはエピローグ的な終焉部ですが『アジタート』は消えていません。内に秘めた高揚感・・・(演奏)と、ここで導入部が反復され・・・必ずですよ・・・そして展開部が始まり(演奏)今サブドミナントの上です(演奏)嘆き・・・(演奏)ここは対位法を用いて、左右が入れ替わり(旋律は)バスへ・・・(演奏)再度、ナポリタン・・・ファ#からソです・・・(演奏)それからドミナントの上で、長いペダルポイント・・・(演奏)ここは再現部へ移行するための準備をしています。(演奏)この2つの和音、そしてフォルテピアノです(演奏)本当に先進的、とても怖い音楽ですね。そして再現部が終わったら、大規模なコーダですが、その構造はまるでピアノ協奏曲のように拡大されて・・・(演奏)大きなカデンツァですね・・・のちの『熱情』にも似た形がみられますが。ということで、カデンツァ・・・(演奏後、拍手と共に終了)」


Dietrich Fischer-Dieskau "Liebesbotschaft" Schubert

シフさんが熱唱しそこねた、シューベルトのお歌。
おまけ。

Don Giovanni The Commendatore Scene

ごはん一緒する約束してるふたりw
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この記事のコメント
Nekoushiさんへ
Nekoushiさん、はじめまして!

シフさん、本当にお茶目ですよね~ そして
日本語訳に「臨場感」を感じていただけて
とてもよかったです。未熟ながら、出来る限り
雰囲気を損なわないよう、気をつけている
つもりなので笑

おっしゃるとおり、14番は本当に有名ですね。
私もこの回、楽しかったです。ドン・ジョバンニ
との関連性の指摘、非常に興味深いですね!

この曲だけでなく全てにいえることですが、
もちろん演奏者によっていろいろな解釈があり、
シフさんのそれが唯一正しい!ということでは
ないけれど、作品に対する愛情があればこそ
のこだわりであり研究で、しかも彼のような
偉大なピアニストの空想する世界を垣間見る
ことが出来るのは、私達にとって何もにも
変え難い素晴らしい経験だと思っています。

それと、
以前レッスンされていたということであれば、
また勘は戻るのではないでしょうか♪

今日はコメントをいただけて嬉しかったです。
またいつでも遊びにきてくださいね☆
2016-11-22 Tue 13:44 | URL | ゆにくあ #-[ 内容変更]
はじめまして。

シフのレクチャーシリーズ、毎回楽しみに拝見しております。シフ先生の解説はお茶目で面白いし、翻訳も臨場感があって素晴らしいと思います。
14番は超有名曲なので、どういう解説が聞けるのか特に楽しみでした。1楽章の「senza sordino」を忠実に実行できるなんて、ドンジョバンニの一場面が紛れ込んでいるなんて、大発見(?)です。
きちんとしたレッスンは20年以上前にやめてしまったので、この曲は全く手に余るのですが、いつの日か弾けるように頑張ってみたいと、少しだけ思わされました。
2016-11-22 Tue 07:29 | URL | Nekoushi #RAa2TALo[ 内容変更]
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