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ピアノソナタ第19番 ト短調 Op.49-1
2016-11-03 Thu 06:00
Part 1. Piano Sonata in G minor, opus 49 no. 1


ここからは第三回目のプログラムへ移ります。「ピアノソナタ第19番 ト短調 Op.49-1」シフさんのレクチャー内容です。この曲の講義は30分弱です。それと、8番から一気に19番(と次の20番)へ一旦飛びますが、これは「時系列に紹介することにこだわって」だそうです。ピアノを弾きながら説明されているので、出来れば音源を聴いていただけるとわかりやすいと思います。





(第一楽章の途中まで演奏)

「今日は『やさしいソナタ』と呼ばれるOp.49から始めたいと思います。どうして、時系列というルールを破っているんですか、と思う方もいらっしゃるでしょうね。ですが、時系列的にはむしろこれが正しい順番です。混乱を招くような作品番号の振られ方だと思いますが、作品番号は実際に作品が書かれた時期ではなく、出版された時期に基づいて決められています。第19番と第20番は、1795~1798年の間に書かれましたので、(時系列に沿って進めている)このプログラムでは、ここが正しい配置です。(その証拠に)この2作品は、作品番号的に次にあたるワルトシュタイン(Op.53)となんの類似点も関連性もありません。」

「ピアノを弾く方、あるいはピアノのレッスンを受けたことがあるほとんどの方は、この素敵で軽めのソナタをとてもよくご存知かと思います。ですが、Op.49が書かれた背景はあまり知られていません。まず誰かに献呈されたという記録はありません。ですから、ベートーベンがどういった目的でこれらを書いたのかはわかっていませんが、教育的目的だったのではないかなと思っています。鍵盤楽器には素晴らしい歴史があり、それはヨハン・セバスチャン・バッハの『2声、3声のインベンション』に始まり、それからモーツァルトが幼少時代に書いた様々な素晴らしい小品を経て、後にロバート・シューマンの『子供のためのアルバム』などもありますね。これらは、芸術的ピアノ演奏または作曲へ向けて、その導入期にふさわしい素晴らしい作品と言えるでしょう。」

「ベートーベンには、生涯子供はいませんでしたが、もちろん甥のカールもいましたし、ベートーベンが頻繁に作品を献呈したウィーンの貴族の中にも、音楽的資質に溢れる子供達がたくさんいたことでしょう。そして、ベートーベンの頭には、こうった考えがあったに違いないと思います・・・『ピアノを弾こうという音楽好きな子供達には、極めて早い時期から良質な音楽を与えられるという事。それを常に念頭に置くべきだ』と。今ピアノのレッスンを受けているお子さんがいらっしゃる方は、どうかこの点について覚えておいてください。子供達には常に、最高水準の音楽だけを与えてください。練習曲や、エクササイズのための教本ばかりたくさん与えてはいけませんよ。そんなことをしたら『音楽のもたらす喜び』という感覚を、永久に台なしにしてしまいますからね(笑)」

「もちろんピアノの弾くためには、スケールや、それぞれのスケールごとに運指なども学びますが、これらは良質な音楽を組み合わせることにより、その中で学ぶことも可能です。そして、これがベートーベンが私たちにくれた音楽です。もし、お子さんに音楽的資質があるならば、恐らく・・・始めて2年か3年もすればこの曲を弾けるようになるでしょう。バイオリンの場合を想像してみてください・・・いったい何年くらいレッスンを続ければ、最初のベートーベン バイオリンソナタを弾けるんだろう、と。(バイオリンソナタ一部演奏)・・・既にとても難しいですね(笑)これを弾く前に、何年にも渡る耐え難いほどの『拷問』が待っています(笑)・・・が、みんな通る道です」

「さて。それでは細かくみていきましょう。ト短調ソナタOp.49-1は、2楽章から構成されています。これはハイドンのモットーで・・・ハイドンはたくさんの2楽章からなるピアノソナタを書いていますね。しかし、モーツァルトはひとつもありません。モーツァルトのソナタは全て、3楽章から成っています。一部の(モーツァルトの)バイオリンソナタの中には2楽章構成のものもありますが、ピアノソナタにはありません。ここで、ハイドンのト短調ソナタ冒頭部分を少しお聴かせしたいと思います。ト短調、つまりこれと同じ調ですね。そしてそれは、こんな風に始まります(ハイドンのト短調・・・演奏している途中で)そしてベートーベン・・・(と続けて弾くが、メロディーが同じ笑)・・・そしてハイドン・・・(境目がわからないくらい全く同じ) 何が言いたいかわかりますね。笑・・・にも関わらず、『ハイドンから学ぶことは何もない』なんて言ったんですよ、ベートーベンは。笑・・・ですが、こんな次第です」

(以下、重複した話題なので省略)

「ト短調というのは、奇妙な調です。そして、これがベートーベンの書いた唯一のト短調ソナタです。(厳密には)ピアノにひとつ、チェロにひとつ・・・op.5-2ですね。(op.5-2冒頭フレーズを演奏) チェロソナタop.5-2はとても暗い『死』の音楽です。一方、私達がここでみていくピアノソナタは、悲劇ではありません。しかしとても悲しくて、諦めのムードがあります。『アンダンテ』のアップビート(裏拍)で始まる章です。(冒頭演奏)常に歌っているような、カンタービレですね。それから、第1主題が新しい展開をみせます。(演奏)音楽は既に新しい方向、平行調の長調へ(それぞれのハーモニーの比較演奏)これがト短調・・・そして変ロ長調ですね。(演奏)ということで今、平行調のドミナントです。そこから新しい主題(第2主題)へと繋がっていきます。(演奏)」

「この時点で既にお気づきかと思いますが、常に小さな分子から音楽を組み立てていったハイドンとは対照的に、ベートーベンはピアノ音楽上に新しい風を吹き込みました。横繋がりのスタイル、非常に長いレガートのフレーズを使っていますね。数小節にも渡ります。見比べてみるとわかりますが、モーツァルトやハイドンの音楽のスタイルはもっと・・・実用主義的で、とても短いスラーがついています。長くても1小節くらいで、それよりも短いものもあります。こういったことから、アーティキュレーションも知ることができますね。それと彼らは(どちらかというと)弦楽器音楽寄りの作曲家です。そして、ハイドンやモーツァルトを解釈する際、これらのスラーを理解することはとても重要です。例えばモーツァルトのスラーは常に一弓で弾くことが出来ますので、細かく変える必要はありません。昨今のバイオリニストは、大きくはっきりした音を求めて不必要なところで弾き直しているのをみかけますが・・・そういうことが作曲者の目的ではないのです。ですから個人的には、モーツァルトのスラーを勝手に切ってしまうのは犯罪だなと思っています。」

「それに対して、ベートーベンの音楽は実用主義的ではありません。彼はここでも不可能に挑戦して、ピアノ音楽的にとても長いスラーを書いています。つまり彼はそうすることによって、『ここは非常に長いフレーズです』と伝えているのです。ですから、まずは長いフレーズを想像しなければなりませんね。さて、変ロ長調の第2主題の後は、ちょっとしたエピローグです。(演奏)それから、導入部に登場する3つの主題全ては密に関連しています。そして、導入部は反復され、作品の中腹にあたる・・・展開部へと進みます。ここで初めてフォルテが出てきますね。これは小さな軽めのソナタですから、巨大なコントラストは出てきません。時々、この曲の演奏について『コントラストが十分につけられていない』と批判を受けるのですが・・・もともとそんなコントラストは指定されていないんです(笑)『ハンマークラビア』や『熱情』ではありませんから・・・『小鳥』を『象』のように表現することは、全くもって間違っていると思います。」

「それでは・・・導入部を終えましたので、展開部・・・(演奏)そして新しい調、変ホ長調です。ト短調の関連調・・・(ハーモニーの比較演奏)平行調にとってはドミナントとトニックという関係ですね(これは、ト短調の平行調にあたる変ロ長調が、今出てきた変ホ長調を主体で見ると、属音-ドミナントの位置にありますよ・・・という意味)。それから、このトリルは新しい要素です。とてもドラマチックですね・・・『ものすごく』ドラマチックではないですけれど(笑)それから、ベートーベンがユニゾンを使う時は、レトリック的要素・・・言いくるめているような要素があるため少し誇張的に(演奏)・・・そして新たな主題です。(演奏)そして、その変奏・・・(演奏)ベートーベンは素晴らしい即興演奏者で、変奏の達人でしたから、この場合は(楽譜に)書き起こされている変奏ですが、即興的な技術についても想像がつくかと思います。ここでは(前に出てきた)エピローグ・テーマを使っていますね。(演奏)そして既に3回転調して、ドミナント(ト短調)へ戻ってきました。(ハーモニー演奏)」

「音楽的感覚の持ち主であるあなたには、既に感じとれると思いますが『帰宅間近だという感覚』が時々あります。だからこそ私は、ソナタ形式が人類史上最も素晴らしい音楽的発見のひとつだと思うのです。わずかな時間を使ってたくさんのことを表現出来ますし、ドラマチックな対立や、叙情的な表現・・・そして、今お話した特別な要素、展開部と再現部の間に起こる『本能的な帰巣感覚』。全ての人間にとって、この『巣に戻る』という感覚がとても必要だと思っています。そして・・・この感覚こそが、現在の音楽に欠けているなぁと、私が悲しく思う点なんです。『おうちへ戻ってきた』という感覚は全く感じられません・・・調性によるシステムを無視しているから・・・。もちろん(現代の音楽にもそれを)感じる方も、中にはいらっしゃるかもしれまんが・・・私にとっては、まるで外国語のようです。そして、これ(ソナタ)こそが私の理解する言語なのです。」

(と静かに言ったあと、演奏に戻り)

「ドミナント・・・(演奏)このように小さな軽いソナタにですら、挑戦的な半音階的進行や不協和音が使われていますね。(演奏)スフォルツァンド・・・(演奏)ここでクレッシェンドしたあと、スビトピアノです。これが彼の音楽の難しいところですが・・・ベートーベンはダイナミクス変化のための準備、というものを置きません。彼のダイナミクスは『驚き(=意外性)』という要素をもって初めて成し得るのです。ところで、次のソナタをご紹介する時にはさらに驚くと思いますが、後のベートーベンはとても几帳面に詳細を書き残しました。しかし、Op.49における演奏上の注意書きは、ほんの少しです。ですが、ここの部分には「クレッシェンドとスビトピアノ」と書きました。(演奏)この章がアップビートで始まったことを覚えていますか?(演奏)そして、これが『決して同じことを繰り返さない』ことの美しさです。ベートーベンの音楽において、再現部が機械的だったことなど一度たりともありません。(演奏)ここからは対位法を用いながら、主旋律をバスにもって来ます。(演奏)・・・ここでもまた、フォルテからスビトピアノです。(演奏)そして、第2主題がトニック(ト短調)で再現されます。残りの再現部は予想できる範囲内ですが、その後はとても美しく詩的なコーダです。こんな風に・・・(演奏)ここはピアニッシモで・・・(演奏)とても美しい詩的な終わり方ですね。」

「第2楽章は、ロンド 6/8拍子ですから、123456、123456と数えますね。しかし、ちょっと変わった8分音符4つのアップビートで始まりますから、123456、12(3から演奏)とても明るくて、楽しげです。ベートーベンはユーモアの達人ですからね。それで、もしも聴き手が感覚的に『拍の表がどこにあるか』を理解していない、となると・・・この曲の説明が非常に難しくなるのですが。ですから、私が『ルートヴィグ・ヴァン・ベートーヴェン、ルートヴィグ・ヴァン・ベートーヴェン・・・』と唱えればわかると思いますので・・・(ルートヴィグ・ヴァン・ベートーヴェン、ルートヴィグ・ヴァン・ベートーヴェンと言いながら、そのリズムにあわせて演奏)これがダウンビート(表拍)です笑」

そして新しいフレーズが始まります。(演奏)そしてこのドミナント上に5~6音の和音があって、フェルマータ。それから、第1主題が高音域(1オクターブ分)で繰り返されます。(演奏)短調がフォルテで出てきます。少しドラマチックに変化し、ユニゾンです。(演奏)そして、第1楽章にもみられた平行調の変ロ長調へ到達し、その後、とても美しい新主題です。モーツァルトを彷彿させますね(・・・ベートーベンとの音楽的な共通点は、あまりありませんけれど)。聴けばわかりますよ・・・(演奏)例えばこんな曲をお聴かせすれば・・・(演奏)何か似た雰囲気・・・『類似』ではありませんが、モーツァルトの面影があると思いませんか。そして美しいハーモニー(演奏)・・・内声はこんな風に・・・(演奏)それから、短調へ戻り (演奏)短調による擬似回帰があり、しかしこれは単にちょっとした引用で、すぐ長調へ戻ります。(演奏)」

「このソナタは『小さな軽いソナタ』ということになっていますが、この楽章は小さなお子さまには少し難しいかもしれません。なぜなら・・・ここのモチーフをみればわかりますが、バッハ的な擬似が多く含まれていますね(演奏)ですから、もしあなたのお子さんがこれまでにバッハをたくさん弾いてきた、というなら全く問題ないと思います(笑)・・・そして、もちろんそうあるべきですね!(笑)

この対位法的な部分のあとは、変ロ長調のエピソードが主調で再現されます。(演奏)常にとても旋律的なタッチ・・・とても美しいですね。それから、小さなコーダがあって・・・(演奏)・・・そしてフェルマータがきましたから、次はピアノ協奏曲にあるようなカデンツァかな?と予期しますが、そんな感じではなく。控えめに終焉を向かえ・・・(演奏)・・・と、ここで終わりにしてもよいところですが、この先に私が『スイス・ヨーデル』と呼んでいる部分があります。(演奏)♪ヨ~ロ イレリ~ ヨ~ロ ハラララン♪ (ヨーデル付き演奏)・・・と言う風に、とてもオーストリア、スイス的なモチーフですね。(危うく再度ヨーデルが口をついて出そうになりながらも、最後まで演奏)・・・と、これで終わりです(笑)」

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