AX
ピアノソナタ第1番 へ短調 opus 2-1
2016-10-25 Tue 12:29
Part 1: Piano Sonata in F minor, opus 2 no. 1

「ゆにくあさん、この間ブログで触れたレクチャーコンサートについての詳細、まだですかっ」

とは誰からも言われていませんが、少しずつ日本語訳を書いていくことにしました。普段、ブログ上のお友達/ピアノの先輩方からサポートを受け、アドバイスをいただいていますから(ピアノの演奏のことではあまりお返しできませんが)こういう形で少しでもお役に立てたらいいな、と思いました。

内容に関しては、一語一句厳密に書いてしまうと何行あっても足りなくなるので、抜粋の意訳でいきたいと最初は思ったけれど、神は細部に宿るというか(笑)それに、いかにシフさんがベートーベンのソナタに精通されているとはいえ、ピアニストである彼がこれだけのボリュームの原稿を講義のために準備したということは、当然かなり慎重に構成を考えたんだろうなと思ったら、出来れば省略したくないという想いが発してしまい、結果的に信じられないほどの長文になってしまいました。なので本当にお時間のある方だけ、よろしければどうぞ。。

それから音声と聞き比べて「ちょっとそれ、シフが言ってるのと意味全然違うじゃん」という方がいらっしゃいましたら、もうほんと遠慮なく指摘していただけるとありがたいです。ざっと聴いて、ざっと書いたので誤字脱字や誤訳もあるかもしれません。そして、シフさんご本人の言葉の選び方/話し方は 1)静かで上品 2)でありながら、時々シニカルなジョークありのチャーミングさ。と言う点を常に念頭においてお読みください。イメージをぶち壊すようなことだけは避けたいので。笑


さて。

ということで、今日は第一回目のプログラムより「ピアノソナタ第1番 ヘ短調 Op.2-1」のレクチャー内容です。途中で何度も何度もピアノを弾きながら説明されているので、出来れば音源を聴いてもらえるとわかりやすいと思います。




(ピアノソナタ第一番へ短調 第一楽章のさわりを演奏後)

「音楽は演奏して聴いてもらうのが一番なので、こうやって解説するのはとても難しいんですが・・・それでも、こういう機会は重要かもしれないですね。特に、昨今の音楽教育は本来あるべき姿とは異なっていますから。今日は、既にみなさんが熟知していることをお話しすることになるかもしれないけれど、もしかしたら知らない人も中にはいらっしゃるかもしれないですよね」

「さて、ベートーベンは32曲のピアノソナタを書きました。ソナタ形式の音楽は17の弦楽四重奏曲と並び、ベートーベンが生涯をかけて作り上げた、いわば彼にとっての生命線のようなものです。ベートーベンは、素晴らしいピアニストかつ音楽家でした。これに関しては、本当にたくさんの証言者がいて・・・本物の証言者と偽の証言者も含みますが(笑)この『証言者』については常に若干の注意が必要で、例えばベートーベンの親しい友人で秘書を勤めたシンドラー。彼の意見に関しては疑念を持つべきですね。また、その他の発信源としてはベートーベンの一番弟子・・・例の酷い練習曲でお馴染みのチェルニーがいますね。まぁあれ(練習曲)は、スケールやパッセージを学ぶのにはとても実用的ですが(笑)・・・それはさておき、チェルニーはとても良い音楽家でしたけれど、彼の証言者としての意見については、同じく細心の注意が必要かと思います。なぜなら、彼は計2版の『正しいベートーベン・ピアノ曲の弾き方』を残しましたが、詳細と共に書き込まれたメトロノーム指示は、20年後に書かれた第2版で全く変わっているので、どちらのチェルニーの意見を信じたらいいのか、と思ってしまいますよね。とにかく、証言者たちの意見に耳を傾けるよりも、ベートーベンというユニークな天才を理解出来るよう、彼の直筆の楽譜・手稿をあたるのが最善ですが、残念ながら32曲のうち15作品分しか手稿が残っておらず他は紛失してしまっていますので、残された道は初版。ということになりますが、こちらはベートーベン監修ですのでむしろ信頼できるかなと思います。まぁそれと、基本的には自分の音楽的直感を信じて・・・ということになりますね。」

「先ほど、ヘ短調の冒頭を少し演奏しました。これが32あるソナタの第一作品目となるわけですが、まず想像して欲しいのがベートーベンはボン出身で・・・当時ボンは西ドイツの首都ではなく単なる小さな郊外の街でしたが、この若い天才がボンからウィーンへ到着した頃、ウィーンは既に世界的な音楽の拠点でした。そしてベートーベンは後、当時パトロンの1人だったヴァルトシュタイン伯爵のために、かの有名な『ハ長調 作品53 ヴァルトシュタイン』を残しますが(といって鼻歌を歌いながら冒頭を弾き)・・・ね、これがヴァルトシュタインさんです(笑)それで、このヴァルトシュタインが若きベートーベンをウィーンへ送り、ハイドンを通してモーツァルトの影響を受けるわけで・・・ご存知のようにモーツァルトは1791にウィーンで死去しましたが、ベートーベンがウィーンに行ったのはだいたい1793~1794年頃です。そして、ウィーンに到着したベートーベンは、やがてハイドンからレッスンを受け始めます。彼は、このop.2をヨセフ・ハイドンに贈りました。が、これを捧げた理由自体はあまり謙虚ではなかったというか、礼儀正しい発想ではなく、ハイドンは実はこれにかなりカチンと来たらしいですよ。ハイドンは、永遠の忠心的弟子(笑)のような存在を期待していたのだけれど、ベートーベンはあまり敬虔な弟子ではなく、彼はむしろかなり言うことをきかない弟子で『ハイドンから学ぶことなど何もない』と発言したそうです。これはベートーベンの革命的性質によるもので、特に若いベートーベンですね・・・熟年の彼はこんなことは言わなかったと思うけれど。しかし、このop.2または全ソナタを注意深くみるとわかりますが、この『発言』は全く真実ではありません。ベートーベンはハイドンからたくさんのことを学びました。実際の作曲のレッスンからではないかもしれないけれど、ハイドン独特の作曲技術を作品を通して学んだはずです。」

「ベートーベンがハイドンから主に学んだことのひとつとして『小さな細胞から作品を作りあげること』が挙げられます。小さな分子から。小さなモチーフから。例えば、これはごく小さなモチーフですね(といって主題を弾く)調性はへ短調、これが(といって和音を弾く)そのトニックコードです。そして(もう一度主題を弾く)これはマンハイム・ロケット(Mannheimer Raketeー旋律の中で速い上行するアルペジオまたはダイアトニック・スケールを使ったもので、クレッシェンドと共に登場することが多い。マンハイム学とかいう当時の流行からきている音形らしい)と言います。マンハイムは、その頃もうひとつの素晴らしい音楽都市でシュターミッツやディッタースドルフのような作曲家が生まれました。彼らは良い作曲家で(素晴らしい作曲家ではないけれど)そして彼らがこのようなスタイルを創作し、マンハイム・ロケットと名づけたわけです。それで今はハイドンの話をしているわけですが、たぶんこのフレーズを知っていますよね(といって短いパッセージを弾く)。これは、モーツァルトの名作・交響曲第40番のフィナーレ部分ですが、ここにもマンハイム・ロケットは使われていますよ。」

「ところで、ベートーベンがモーツァルトを崇拝していたであろうことはほぼ断言できますが、実はベートーベンとモーツァルトには全く共通点がありません。しかし、ベートーベンとハイドンにはたくさんの共通点がありました。ベートーベンが「何も学ばなかった」と言い放った、あのハイドンです。モーツァルトもまた、ユニークな天才で・・・たしかヨセフ・クリプスが言ったと思いますが”Beethoven goes to heaven, Mozart comes from heaven." (調べたところ、正確には Beethoven is heavenly, but Mozart came to us from heaven.- Josef Krips 似てますね笑)

モーツァルトの作品の解釈を試みる場合、細心の注意を払わなければならないと思います。なぜなら彼は本当に超人的で独創的天才ですからね。個人的にハイドンやベートーベンは(もちろんモーツァルトと同じくとても重要ですが)私達と同種という風に・・・もちろん同種とはいえ彼らはその中でも極めて優れた人間ということになりますが、曲の理解という観点では考えを想像しやすいです。それに比べてモーツァルトは、とても理解しやすいとは言いがたいですね。モーツァルトの場合、彼の意図する『金塊』を掘り当てなければなりませんが、右かなと思って右へ行くと、すぐに左へという風に・・・モーツァルトは意見を翻してすぐに反論しますからね笑」

「さておき、ベートーベンの革命的とも言える作風は、既にこのソナタ第一番から頭角を現しています。ヘ短調はとても風変わりな調性で、楽譜を読める方・・・恐らくここにいるほとんどの方はおわかりかと思いますが、♭4つです。あの頃の音楽家が楽譜出版のために作曲する時、自身のコンサートのためだけでなく、取り巻きのアマチュア音楽家たちが演奏することも視野に入れていました。例えばモーツァルトは理論的というよりも極めて実践的な作曲家でしたから、彼の作品には♭4つ以上の調性はほとんど見当たりません。もしかしたら(複雑な調性は)アマチュア相手の楽譜出版の際に良くないと思ったのかもしれませんね。それに比べてベートーベンは、一作目から即座にヘ短調を取り入れます。なぜなら、アマチュアのためというのもありますが、第一に自分自身のために書いたからです。ベートーベンはサロンやウィーンの宮殿などで演奏していましたから、そういった場所でとりわけ良い印象を与えたかったわけです。」

「ここで、もう少し演奏しましょう。紹介したい面白い話があるんですよ。私の同僚のひとりが講義演奏会をした時のことです。彼は音楽を労働階級にも広めようと、ミラノのとある工場でシェーンベルクのピアノ音楽について話し始めたんです。3分後、奥の方から低い声で『・・・説明はいいから演奏しろ!』と聴こえてきました。彼はピアノへ移動し演奏を始めましたが、1分も経たないうちに今度は誰かが『むしろ話せ』とどなりました(笑)」



シェーンベルクのピアノ音楽の一例です。笑


「・・・・ではまた冒頭を少し演奏しましょうね。(冒頭を演奏)これが最初でフェルマータ。まず第一にベートーベンの使う言葉は誇張的です。彼の曲は歌うというよりも、むしろ復唱または話しているように思えます。第一楽章は、単に『アレグロ』と書かれていますから『普通のテンポで』と言う意味になりますが、加えてアッラ ブレーヴェですから2分の2拍子で演奏するということになり、つまり(拍の数え方的に考えると)速めのアレグロとなります。それから、アップビート(裏拍)で曲が始まりますね。たとえ楽譜が手元になかったとしても『アップビートから始まっている』等に気づくのは曲の解釈上とても重要です。時折、そういったことが解釈に配慮されていない演奏もみかけますが(笑)。

モーツァルトやハイドンと比較した場合、ベートーベンは割と厳密に演奏上の指示を楽譜に残しています。それはテンポ指定から始まり、拍、そして細かな強弱の指示・・・例えばここの場合p(ピアノ)ですね。ピアニッシモではありませんから『ささやき』ではありませんが、おだやかな口調です。そしてこのフェルマータの後、彼は音楽をバスへ移動させます(といって、続きを弾く)。この部分は推移、二つのテーマを繋ぐ橋のようなものです。」

「そしてすぐに2つ目のテーマが始まりますが(提示部)、この部分はモーツァルトやハイドンの音楽にはみられないような独特さがあります。バスにミ♭、それにぶつかり合う右はファ♭ですから、すごい不協和音です(このあたりは弾きながら説明しています)。二つのテーマを比較した場合にも、片方は上行音形のマンハイム・ロケット、もう片方は下降音形となり、つまりそういった意味でも二つのテーマは強く関連し合っているということです。それから、みなさんには音楽的な性格/キャラクターについても感じ取って欲しいと思います。なぜなら、ベートーベンはこの性格付けについても革命的な取り組みを行い、楽章ごとに別々のキャラクターを置きました。これはとても重要なことです。例えばこの部分は煽動的で不安な様子です。時折、こんな風に弾く人もいますが(といって、ゆったりとしたテンポで冒頭を演奏)・・・これは全くのナンセンスです。なぜなら、アッラ ブレーヴェでもなければ革命的でもないですから。ただし、私もこの部分が「アジタートな不安感を表現している」という確固たる証拠は持っていませんが・・・私はそう信じるからこそここにいるわけで、曲の解釈をするということは自分の信念を持つということでもあります。あなたは同意しないかもしれない、しかし私はそう信じる・・・時にそうあるべきですね」

「(さらに続きを弾いて)このあたりは、スフォルツァンドの嵐です。これは私の決めたスフォルツァンドではなく、ベートーベンが決めたスフォルツァンドです。スフォルツァンドというのはアクセントの一種ですが、ひとことでスフォルツァンドと言ってもいろいろあって、例えばフォルテの中のスフォルツァンドはピアノの中のスフォルツァンドとは全く別の性格を持ちます。そして次の部分(といってまた演奏)は息切れするような前進し続ける印象ですね。それからここは(また演奏)スビトピアノ。後期の音楽家は、基本的にクレッシェンドやディクレッシェンドを使ってダイナミクスを上下させましたが、ベートーベンの場合、ディクレッシェンドにしたかったらそう書いていますし、ここで重要なのはスビトピアノ・・・突然にピアノまで音量を落とすことで、だんだんとではありません。それから、この先の第3テーマについては、ベートーベンによって 『エクスプレシーボ』と書かれていますね。こういった細かい指示はモーツァルトの音楽ではまずみかけません。彼はそう思っていても書き残したりしませんでしたから。そして恐らく多くの賛同意見がいただけると思いますが、通常ベートーベンがエクスプレシーボと書いた時、それは音楽がほんの少しだけ減速することを望んでいるという意味です。こんな風に(ちょっと演奏)。それとここのオフ・ビートな感じ、わかりますか? っぱ っぱ っぱ という感じです(左手側)。そしてフォルテシモ。ハイドンの作品では稀に(フォルテシモ指示が)あったかもしれないけれど、モーツァルトのダイナミクスはフォルテどまりですから、ベートーベンの音楽は特徴的にバラエティにとんだダイナミクスが使われていると言えます」

「さてご存知のとおり、中間にあたるのが展開部となりますが、このあたりが巨匠が巨匠である所以をみせつける部分です。モチーフの題材を巧みに使って、最もドラマチックに展開していきます。調性的には、ヘ短調から変イ長調へ移行しますが、変イ長調はヘ短調の平行調(同じ♭の数がある長調と短調の関係)にあたりますね。そしてその後pから始まった冒頭とは対照的に、意気揚々としたフォルテシモで主題が戻ってきます。これは新しい光を取り入れようという試みです。主題が戻る直前に、その準備としてポンポンポンと入り(模範演奏あり)この時の『ド』の音がドミナントにあたります。それからナイフを後ろから刺されたような痛みを感じるほどの不協和音が一瞬加わり、そこへ主題の後ろの部分(トリルのところ)だけを選んで、差し込まれています。大音楽家ベートーベンは、もちろん素晴らしいピアニストでしたが、彼の想像力の中では既にオーケストラ音楽を意識しているのがうかがえます。少なくとも私は(ピアノ曲であっても)単にピアノの音としてだけ捉えずに、その中にオーケストラの楽器をみつけようと試みているのですが・・・例えばここはクラリネット・・そしてフルート・・・ふたつの楽器が出てきました。それに加えて、ベートーベンの音楽には常に弦楽四重奏の存在が見え隠れし、いつもそこを目指していたといえますが、実際にベートーベン自身が弦楽四重op.18を発表するまでは、さらに5~6年の時間がかかっています。とにかくこういったことから考えても、ハイドンのことを『何とも思わない』と言ったベートーベンですが、そんなことはありえない話です」

「これでだいたい第一楽章をまとめましたが、最後に終わりの部分を弾いてみましょう。このようにドラマチックなフォルテシモで終わりますが、答えを得ることを前提とした強い疑問符、フォルテシモの中にスフォルツァンドを散りばめたとても強い調子で終わります。

第二楽章はヘ長調のアダージョです。ところで、このソナタのように4楽章構成で、しかも4楽章全てに同じ調性『ヘ(F)』が使われるのは珍しいことです。これはベートーベンが『田園28番』(または弦楽四重奏op.59-2)でも使う手法ですが、こういった手法はむしろ稀です。なぜなら通常、作曲家たちは調性で曲に変化をつけていくことで、聴き手である私達にバラエティー感を提供することを好む傾向があるからです。とはいえ、ベートーベンは同じ調性の中でも、さまざまな個性を与えることでバラエティーを提供することに成功しています。アダージョはとてもゆっくりとした楽章で、ここでまたたくさんのゆったりとした音楽を作ったハイドンとの関連性が出てきますが、モーツァルトは別ですね。モーツァルトの「ゆったり」はアンダンテ、アンダンテ コン モート、アンダンティーノなどでしょうか。ちなみに『アンダンテ』の語源はイタリア語の『アンダーレ』歩く速度で。の意ですから、誰かに『アンダンテはゆっくりだよ』と言われたことがあるという方、それは間違いです(笑) ともあれ、アダージョはとてもゆっくりした動きです。」

(第二楽章の演奏を挟み)

「今回もアップビートから始まり、3つずつカウントします(3/4拍子)。この第二楽章はベートーベンの音楽の傾向からみると、むしろ意図的に慣習的であるスローテンポへ持っていったような章です。なぜなら、他の章は『慣習的』とは程遠いですから、ベートーベンはハイドンにあまりショックを与えないよう気を遣ったんでしょうね、恐らく。女性的終止に溢れ・・・(といいながら演奏しつつ)・・・ところで、これは女性に対して何か言っているわけではないですよ・・・セクシャルハラスメントとか、そんなものではないですからね笑。とにかく、これらは女性的終止形ですので。とても美しいカンタービレ、歌うようなゆったりとした楽章ですが、この後(第三楽章で)メヌエットという形でまたヘ短調へ戻り、そしてトリオと続きます。

三楽章もこれまで通りアップビートで始まりますが、不吉な感じでとてもミステリアス、すっきりとわかりやすい感じの音楽ではないですね。4声のハーモニーは、弦楽四重奏を念頭に書いた可能性もあると思います。また、不協和音にスフォルツァンドを置いています。第二部は突如全く予期しない形のユニゾンで爆発を起こし、しかもこの楽章では初めて出てくるフォルテシモです。まるで「柔和なフリはもうたくさんだ!」とでも言っているようです。ここでもスビトピアノ、突然の音量減少です。そして、うす気味悪い最後の終止の後はトリオ・・・光と影のようなとても美しい表現が続きます。ここは素晴らしい対位法をもって書かれています。音楽は変化し、交響曲第一番でも使われたベートーベンお気に入りの6度の響きが出てきますね。そしてダ・カーポ、メヌエットが戻って来ますが・・・ところで初期より『メヌエットは二度繰り返すべきである』という動きがあって・・・申し訳ないけれど、私はそんなの我慢できないですね(笑)推進派いわく(繰り返すべきという意見の)源はピアノ・スクール・オブ・ダニエル・ゴットルプ公爵にあるそうで、私に言わせればこれは別の形でのチェルニーみたいなものですよ(笑)ゴットルプ公爵に『トリオのあとメヌエットを繰り返しなさい』と言われたとしても・・・私が間違ってるのかもしれないけれど・・・『人間は二本の腕と二本の足だけれど、三本目は必要ない』といったような気分になりますね。」

「フィナーレ(第四楽章)は極めて並外れた名作です。アッラ ブレーヴェ(二拍子)でプレスティッシモ。とても過激です。これは極めて先進的な楽章で、ペルペトゥーム・モビレ(無窮動)的な躍動感があり、喩えていうならば『シューベルトの魔王』に通じるものがあるかもしれません。(少し演奏して)・・・とてもブルジョアな音楽とは言いがたいですが(笑)現代においても、極めてショッキングで(また少し演奏して)常に・・・地獄の釜で煮えたぎっているようですね。そして今私が演奏を止めたところの後から、この楽章の中でもっとも叙情的な旋律が始まります。とても美しいです。突如として、オアシスのようでロマンチックな風景ですね。それから展開部について、少しお話したいことが残っています。なぜなら展開部はまるで全く新しい別の作品のようなので。通常のフレーズを考えると・・・まぁ常に2+2 4+4とはいきませんが、ここのフレーズは10小節という長さです。シンメトリーとアシンメトリーの対比、これもまたハイドンが編み出した奏法に似ています。そして、ベートーベンはこの『島』から戻ってきて、脅迫的モチーフが再び現れ、エクスプレシーボ・・・(曲の最後まで演奏し)そして地獄へ落ちる。開放されることなく、希望もない。非常に面白い、革命的なソナタといえますね。」


別窓 | シフのレクチャーコンサート。 | コメント:4 |
<<ピアノソナタ第2番 イ長調 op.2-2 | ゆにくあ缶 | Moments musicaux>>
この記事のコメント
アンダンテさんへ
アンダンテさん、はじめまして。

こちらこそ、このような長文に目を通していただいて
ありがとうございます。お役に立てたのなら嬉しいです☆

チェルニー・・・あまりにも意見が世界共通すぎて
私も笑っちゃいました(笑

>私のブログからリンクしてこちらのブログをご紹介させていただいてよろしいでしょうか

あどうぞ、どうぞ。ありがとうございます。笑
2016-10-31 Mon 13:25 | URL | ゆにくあ #-[ 内容変更]
ありがとうございます!!
おもしろい!!
翻訳ありがとうございます(^-^)
とてもとても助かります~

チェルニー笑…でもシフさんがいえば角が立たないのねきっと。

私のブログからリンクしてこちらのブログをご紹介させていただいてよろしいでしょうか。
2016-10-30 Sun 22:47 | URL | アンダンテ #WDOkdukc[ 内容変更]
amyさんへ
amyさん、コメントありがとうございます!

>前記事読んで「面白そう~」と思ったけど、私、英語は全くダメだからな~・・と思っていました。

よかった・・・ひとりでもそう言っていただけると、
半日潰した甲斐がありました!笑笑 シフさん、
私もこの講演を聴いていたら、大好きになりました。

英語圏の方のサイトでも「他の人が同じことを言ったら
勘にさわるようなことも、シフが言うと全く気にならない」
なんてコメントされていて、人柄なんだなぁって思いました。

知らない作曲家名や音楽のことが出てきて、調べたり
とても楽しかったです。娘には「オタク」と言われました笑
2016-10-25 Tue 11:34 | URL | ゆにくあ #-[ 内容変更]
ゆにくあさんこんばんは~^^
きゃあ~~凄い!!
前記事読んで「面白そう~」と思ったけど、私、英語は全くダメだからな~・・と思っていました。
後ほどゆっくり読ませていただきますね!(^^♪
シフ、好きなんですよ~(#^.^#)
2016-10-25 Tue 06:44 | URL | amy #-[ 内容変更]
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

| ゆにくあ缶 |