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ピアノソナタ第26番 「告別」 変ホ長調 op.81a
2017-02-08 Wed 13:07
Part 5. Sonata in E Flat, opus 81a no. 26 'Les Adieux'

第6回目プログラムの最後の曲「ピアノソナタ第26番 「告別」 変ホ長調 op.81a」のレクチャー内容です。講義時間は27分です。ドイツ語には全く詳しくないですが、第1楽章の原題Lebewohlという言葉には、また逢えるかわからない・再会を約束されていないお別れといったニュアンスがあり、なおかつ誰か特定の人に対して1対1のお別れの時に使う言葉なんだそうです。それと、ルドルフ大公について調べていた時に読んだ、彼宛のベートーベンの手紙が、まさに友達という感じの距離感で素敵だなぁと思いました。さておき、途中で何度も何度もピアノを弾きながら説明されているので、出来れば音源を聴いてもらえるとわかりやすいと思います。





「嬰ヘ長調のop.78はベートーベンにとって、とても大切なソナタでした。そして次にご紹介するop.81aは”les adieux”と呼ばれますが、さらに良い響きを持つのがドイツ語原題の”Lebewohl”です。これは非常に重要な作品で、ベートーベンのお気に入りの生徒で親友でもあったルドルフ大公のために書かれました。ルドルフ大公はとても能力の高い音楽家・作曲家で、それはベートーベンがこれまでに彼のために書いた数々の名曲を見れば判断出来ることですね。(演奏)ピアノ三重奏曲第7番「大公」または、最後のバイオリンソナタ。(第10番の冒頭演奏)あとはミサ・ソレムニス(荘厳ミサ曲)ですとか・・・いくつかありますが、いずれにしても評価していない人のために作曲などしないと思います。そしてこのソナタが書かれた1809年。ナポレオン軍がウィーンへ進駐し、ローマ帝国皇帝フランツ1世と共に、ルドルフ大公もまた亡命せねばなりませんでした。それから、このソナタが書かれた日付は1809年5月4日と正確にわかっています。」

「さて。この作品はベートーベンソナタの中で唯一の表題音楽です。しかし、そうったことを抜きにしても素晴らしい音楽ですから、タイトルに縛られすぎない方が良いとは思います。例えば交響曲第6番の・・・(演奏)ベートーベンはここで”Mehr ausdruck der empfindung als malerei“-絵画的表現というよりもむしろ、音に感情をのせて-と発言しましたが、つまりそれが交響曲第6番に対する彼からの指示だったわけですね。そしてそのモットーは、この作品にも当てはまるのではないかなと思います。・・・とはいえ、この作品の背景には物語があります。それは空想ごとではなく実際に起こったお話です。そして、それぞれの楽章にはタイトルがつけられていますね。第1楽章は「Das Lebewohl」またはFarewell(お別れ)、「Abwesenheit」またはabsence(不在)とつけられた第2楽章、そして「Das Wiedersehen」あるいはreturn(再会)とつけられた最終楽章です。」

「このモチーフから始まり(演奏)3つの間隔。それは2台のホルンが奏でているように・・・これは、明らかにホルンの音色ですね。そして彼は"Le-be-wohl"という風に表現しています(ベートーベンが最初の3音の上にそう書いたそうです)・・・さよなら。(節をつけて演奏)しかしこの最後の音で何が起こるかというと、バスが偽終止と共に加わります。(演奏)本当に美しいですね・・・。ベートーベンが、がっかりとして悲しんでいる様子がうかがえます。なぜなら、普通ならこういう感じです。(演奏)ですがそうするかわりに・・・(演奏)としたわけですから。そして・・・(演奏)なぜどうして、といった風に。こういった音楽には前例があり、ヨハン・セバスティアン・バッハの初期の作品のひとつが、このように始まります・・・(演奏)カプリッチョ『最愛の兄の旅立ちに寄せて』。ベートーベンはこの曲を知っていたんでしょうか?親愛な誰かの旅立ちと共に、その身を案じている・・・という物語です。とにかく、最初のレーベヴォールのあと、既にバスは半音階的な下降をみせます。こういったものを18世紀にはパソス・デ・リウスクルスと呼びました。(演奏)

悲劇や危険の到来を知らせるような、重いパッセージですね。(演奏)またレーベヴォールがあり・・・(演奏)ですが、彼がここでどう進めるか聴いてください。(演奏)ここから本当の意味で導入部が始まります。『熱情』とは違い、ゆったりとした序奏部分が主題へと導いていきます。まずはじめに、この『レーベヴォール』・・・別れのモチーフは様々な変化と共に、楽章全体に渡って出てきます。そしてこの大いなる期待感の後、アレグロが幕を開けます。(演奏)新しい主題のようですが、バスは・・・(演奏)『レーベヴォール』の転回形ですね。(演奏)次はバスが・・・(演奏)そしてソプラノが・・・(演奏)転回形です。そして全てはここから来ていて(レーベヴォールのフレーズ演奏)短調で演奏すると・・・(演奏)・・・ここで再度・・・(演奏)と、今度はその縮小形・・・より小さな音価で。(演奏)そして導入部の反復です。ということで、この楽章が表現しているのは、ベートーベンの願いです。行かないでくれと、引き止めたい想いですね。」

「それから展開部です。(演奏)まず『レーベヴォール』があって(演奏)バスには・・・(演奏)アレグロから来ている8分音符の動機です。とても興味深いですね。極めてコンパクトに、これら全てが短期間で起こりますから。(演奏)それからまたしても、それは解体されていきます。こうあったところから・・・(演奏)最後には、2音だけが残されます。(演奏)最も小さな『元素』までバラバラに出来るなんて。(演奏)そして反復し始めたところで、私達は突然また頭に戻っていることに気づきます。(演奏)そしてその後、非常に詩的なコーダがあり。(演奏)音楽全体がレーベヴォール動機の中に漂っていますね。音楽の詩的イメージについては、あまりあれこれと憶測を述べたくありませんけれど、このケースにおいては許容されるかなと思います。なぜなら、大公は飛行機で旅をしたわけではありませんから。またそれは列車でもなく・・・馬車の旅です。私には蹄の音が聴こえます・・・(演奏)そして、ここはまた素晴らしいですね。まるで一方がそこへ佇む中、馬車はどんどんと遠ざかっていくかのようです・・・丘を越えて。それからここでベートーベンは、ほぼ不可能な注文を出します。(演奏)長い『ド』の上にあるクレッシェンドです。しかしピアノで(単音に)クレッシェンドは無理ですね・・・あくまで彼はそう求めていますけれど笑 ですから、やれることと言えば・・・ここで立ち上がるくらいです、たぶん笑 でもそれでは少し安っぽい演出ですね。(演奏)・・・そして、大公は行ってしまいました。」

「第2楽章は「Abwesenheit」不在です。素晴らしいメランコリーの描写です・・・その想い・・・(演奏)ということで、ハ短調ですね。歩く速度の楽章ですから、またしても遅すぎないように。(演奏)そしてハ短調の曲ですけれど、ベートーベンはハ短調コードから即座に離れますから、それで私達を不安な気持ちにさせるわけです。それと共に、ご想像できるかと思いますが・・・この動機・・・(演奏)wo_bist_du・・・『・・・君はどこに?』 私はいつもこの問いかけを想像するんです。(演奏)語りかけるように、叙情的に。(演奏)ほとんどバロック音楽のようですね・・・すごくそういう感じがします。バッハやヘンデルのレチタティーヴォのようですね。そしてこの後・・・これは非常に短い楽章で、ワルトシュタインや熱情と同じく各楽章ごとの締めはなく、このまま最終楽章へと導いていきます。主要部分の反復が2回あり・・・その後やっとドミナントへ到達します。ハ短調・・・」

(演奏)

「ということで、このメランコリックな第2楽章『不在』が変化し、突然の"Return(再会)"・・・大公が戻ってきます。そしてどういうわけか・・・『時』は圧縮され一瞬の出来事のように、全第2楽章『不在』はほんの2分程度しかかかりません。しかし、ここで表現されているのは数か月、数年にも渡る不在です。ですが大切なのは、この信じられないほどの喜び。ふたりの友が分かち合う喜びです。これは、ふたりの人間の間にある非常に深い友情であり、とても感動的で・・・芝居がかったところなど、ひとつも見あたりません。それにしてもベートーベンはこの『喜び』をこれ以上ない簡潔さで表現しています。それはトニック、ドミナント、トニック・・・(演奏)6小節です。それから左手へ移り・・・(演奏)そして3つ目の変奏はオーケストラ全体で!(演奏)」

「あと、みなさんこちらはご存知ですね(『皇帝』をちょっと演奏)これもまた、ルドルフ大公に捧げられた曲です。”les adieux”(第26番)の数年前のことですね、ピアノ協奏曲『皇帝』は。そしてこれ(第26番)はオーケストラパートのないピアノ協奏曲のようなものだと思います・・・彼らがいなくて本当によかった(と冗談を口早に言って演奏)そしてここは、まるでウィーンの教会の鐘という鐘が全て鳴り響いているかのように。(演奏)これはちょっとした変奏で・・・(演奏)それから、この”iambic” 強弱格ですね。(演奏)またしても、こうした音形は『皇帝』協奏曲から、そのままそっくり抜け出してきたかのようです。」

「それから、極めて短い展開部が続き・・・(演奏)たった3音。興味深いのが・・・この展開部は、ずっと『ピアニッシモ周辺』で演奏されるということです。(演奏)ここは美しいですね・・・彼は声部のバランスを変えています。上声部にあったものが、低音域で・・・(演奏)このたった3音を使って、とても複雑な通模倣様式であるディミニューションやストレッタを用いています。(演奏)これはサブドミナント上での再現部にみせかけた部分ですが、そこから2小節すぎると・・・(演奏)と、ここで本当の再現部があらわれるわけですね。では、この展開部全体を演奏してみましょう。ほんの1分くらいですから、おしゃべりはなしで。(演奏)・・・とこれで作品的には終わりですが、このソナタはとっても詩的な作品ですので・・・(演奏)『エピローグ』へと続きます・・・コーダです。(演奏)メノ アレグロですから、ゆっくり目の動きですね。そしてそれは、このソナタ全体の冒頭『レーベヴォール』を思い起こさせますね。ホルンが聴こえてきますので。(演奏)それから変奏・・・(演奏)もうひとつの変奏があって・・・(演奏)そしてこう終わります・・・(演奏)」


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ピアノソナタ第25番 「かっこう」 ト長調 op.79
2017-02-07 Tue 06:28
Part 4. Sonata in G Major, opus 79 no. 25

第6回目プログラムより「ピアノソナタ第25番 「かっこう」 ト長調 op.79」のレクチャー内容です。なんと講義時間はたった6分、大胆な時間配分です。そしてこんなにも短いのに、チェルニーをからかうことは忘れていませんし、さりげなく『この作品は休憩』と言ってのけるシフさん笑 さておき、途中で何度も何度もピアノを弾きながら説明されているので、出来れば音源を聴いてもらえるとわかりやすいと思います。





「次の作品について、ほんの数言申し上げたいと思います。こちらは(他のソナタと比べると)気持ち軽めの作品ですが・・・ドナルド・フランシス・トーヴィーも言っていたように、これは『シェークスピアがハムレットとリア王の間に書いた小作品のようなもの』ですね。ベートーベンにも少し休憩が必要だったでしょうし、そこで彼はこのソナチネと呼ばれるop.79を書きました。あるいは子供や若い生徒向けに書かれたのかもしれません。ですが誤解を招く発言は避けたいと思います・・・演奏するのは簡単でないですから、特に第1楽章は。とはいえもちろん、音楽好きの子供たちにはop.49ソナタと合わせて、大いに弾いてみるべきだとお勧めします。素晴らしい音楽を知る良いきっかけとなりますし、チェルニー練習曲よりも、こちらを弾いた方が断然良いと思います笑」

「では少し演奏してみましょう。こんな風に始まりますよ。(演奏)”Presto alla tedesca” つまり極めて速く、そして alla tedescaは『ドイツ風の踊り』という意味です。みなさんご存知かと思いますが、ベートーベン弦楽四重奏に・・・(演奏)・・・op.130(第13番)、この作品にもアラ・テデスカというト長調の楽章があります(第4楽章)。ドイツのダンス、速めのワルツといった感じです。そしてハイドンの作品にも・・・(演奏)ドイツの踊りがありますね(Hob. IX:12)。それからこのソナタは『かっこう』とも呼ばれており、なぜなら展開部をちょっとお聴かせすると・・・(演奏)かっこうがいるのが聴こえますね。そしてとても美しいのが、このパッセージをフォルテはペダルなし、p(ピアノ)は新しくペダルをつけて・・・(演奏)このハーモニーの変化・・・(演奏)このソナタを好んだ、シューベルト作品を彷彿させるところがあちこちにあると思います。それは単に真似したということではなく、常にシューベルトの心の片隅にはベートーベンの音楽があったということですね。」

「そして第2楽章・・・(演奏)ベートーベンはヴェニスを訪れたことがありません。しかし、これは明らかに”gondoliera”ゴンドラの歌です。私達はこういった曲をメンデルスゾーンの『無言歌集』等で既に聴いたことがあります・・・2曲ありますね。そして恐らく、ベートーベンは(ゴンドラのテーマの存在を)詩集などを通じて知っていたんでしょうね。もしくはカナレットの絵画ですとか。ということでバスでは船頭が漕いでいて、と共に2つの声部・・・ふたりの恋人たちが歌っています。(演奏)そして最終楽章もまた、軽めの曲です。(演奏)ハーモニーに注目してみると・・・(演奏)そして4年後・・・これを移調させてみると・・・(演奏)op.109(ソナタ第30番)の冒頭となるわけです。ということで、偶然の産物ではないということです。さて、この最終楽章は2つのエピソードから成るロンド形式で・・・(最後を抜き出し演奏)・・・と気化し終わります。」

Canaletto.jpg
The Grand Canal in Venice from Palazzo Flangini to Campo San Marcuola by Canaletto
Reference: https://commons.wikimedia.org/wiki/Giovanni_Antonio_Canal
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ピアノソナタ第24番 嬰ヘ長調 op.78
2017-02-06 Mon 20:00
Part 3. Sonata in F Sharp Major, opus 78 no. 24

第6回目プログラムより「ピアノソナタ第24番 嬰ヘ長調 op.78」のレクチャー内容です。講義時間はあっさりと15分程度です。途中で何度も何度もピアノを弾きながら説明されているので、出来れば音源を聴いてもらえるとわかりやすいと思います。



「ピアノソナタの最高傑作(第23番)を書き上げたベートーベンですが、そこから次の作品まで実に4年ものギャップがあります。(この当時)個人的な難しい問題もいろいろとあり、特に健康面では失われていく聴力による問題が増える一方でした。しかし、にも関わらず4年後の1809年、彼は素晴らしく真新しいソナタ「嬰ヘ長調 op.78」を発表します。そして、この作品はテレーゼ・フォン・ブルンスヴィック伯爵令嬢に捧げらましたが『彼女こそがベートーベンにとって、不滅の恋人だったのではないか』という多くの推測がこれまでに立てられてきました。誰か別の方だった可能性もありますけれどね。しかしいずれにしても作品をみれば、このソナタが『愛の告白』であるということは明白だと思います。この作品は彼のソナタの中で最も叙情的で、また(先ほどお聴きいただいた)ひとつ前のソナタとは極めて対照的な曲想をもって書かれています。こんなにも異なるふたつのソナタ(熱情とテリーゼ)が同じペンから生まれたとは想像しがたいですよね。」

「嬰ヘ長調という調性は既に極めて独特です。なぜなら『♯6つに変化記号6つ』ですから、現代の感覚でも複雑な調性です。それから当時の出版社は、アマチュア演奏家達に新しい作品をどんどん売り込むことで頭がいっぱいでした。そして、多くのアマチュア演奏家は♯が6つもついている作品は少し手に余るなと思っていたと思います。ところでハイドン作曲の美しい弦楽四重奏曲があって・・・(ラルゴの出だし演奏)op.76の5番です。この緩徐楽章が嬰ヘ長調なのですが、ドイツ語ではこれを”Friedhof quartet”-墓場の四重奏と呼ぶんですよ・・・(ダブルシャープのことを指して)十字架がとてもたくさん出てくるので。(会場大うけ・・・)」

「ということで、このベートーベンソナタは極めて非凡。また、周りの評価を気にして作曲した作品ではありません。そもそもop.54のようなコンサート・ピースではありませんし、そこまで認知度も高くなく、聴衆受けもそこそこの作品ですが、ベートーベン自身はこの作品を大変気に入っていました。彼がとても怒って『なぜみんな嬰ハ短調ばかり好むんだ!』と発言した、と以前お話しましたが(演奏)・・・覚えていますか、これですね・・・そして私はこの作品を『月光ソナタ』とは呼びません。月光の曲ではなく嬰ハ短調ソナタですから。それで、ある時ベートーベンは『みんな私の嬰ハ短調ソナタのことばかり大騒ぎするが、嬰ヘ長調の方がよっぽど素晴らしい作品だ』と言ったそうです。」

「アダージョと記された4小節(序奏)から始まり・・・(演奏)ファ♯の上にペダルポイントがあって、それからこの素晴らしい旋律が入ってきます(演奏)ですが、私達が(この4小節を)また耳にすることはありません。本当に素晴らしい美しさで、私なら喜んでまた聴きますけれど・・・その機会は訪れませんので。それから彼は、美しい『アレグロ マ ノン トロッポ』を開始します。(演奏)『熱情』とは違い、提示部が両パートとも繰り返されます。そして大きなドラマ展開こそありませんが極めて叙情的。喜びと優しさに溢れ、ベートーベンの違った一面をみせてくれます。ベートーベンは単に『熱情』『エロイカ』『交響曲第5番』といった風な曲のみではなく、優しさや叙情性も表現することが出来る作曲家だったということですね。そして、私達はこのことを決して忘れてはいけないと思います。それから、これは非常に野心を感じるソナタですね。なぜならこれら各々の性質・パーツは非常に易々と繋げられているように見え・・・そしてリズム的には4分音符の動きです。(演奏)それから8分音符の動機が出てきて(演奏)そして3連符。(演奏)動機的には、私が今止まったと同時に・・・(演奏)常にこの3音です。(演奏)そして序奏のアダージョも・・・(3音強調して演奏)序奏は私たちに(この動機の)『分子』を与えるんですね・・・のちに重要になってくる部分の『原子要素』を。」

「それでは展開部へ進んでみましょう。(演奏)私には、これがベートーベンの書いた中で最も美しい旋律のひとつに思えますし、なぜ彼がこのソナタに特別な親しみを持ったのかということがとてもよく理解出来ます。みなさんにも『熱情』の後のこの時期が『後期』との境界線に位置するということが感じられると思います。全ては徐々に濃縮され、AからBへ移るために彼が必要とする時間はどんどん短縮されていきます。それから、この展開部全体が主要リズムによって奏でられていますね。(演奏)常にこの、タン パパン タン パパン。ですがまたしてもオーケストラの異なる楽器を割り当てるがごとく、それぞれ異なった音域を使っています。」

「さて。このソナタの第2楽章は最終楽章でもあります。2楽章構成のソナタということですね。そしてそれは意図的なものです。未完成なソナタというわけではなく・・・つまりシューベルトのロ短調 交響曲(7番)のような感じとは違い、ベートーベンはこの作品が2楽章構成であることを望みました。そしてこの楽章は、悲劇あるいは叙情的ということですらなく、しかしユーモアのある楽章です。こんな風に・・・(演奏)ええと・・・もちろんご存知の・・・(演奏)そして彼もこれを良く知っていて・・・変奏曲も書いていますし(ルール・ブリタニアによる5つの変奏曲)・・・どちらが先に書かれたのか私は詳しく知りませんけれど・・・偶然の一致ではないということですね。(演奏)常に短い動機の中で繰り広げられる質問と回答。そして次に・・・(演奏)と、これらはほんの2つの音をスラーで繋げたものですね。これらは厳密なアーティキュレーションで演奏しましょう・・・むしろ誇張するくらいの感じで。そんなわけで私はわざと短めに弾いていますが、私の思いつきではないですよ。なぜならシュナーベルはこのソナタを誰よりも上手に弾きますが、その彼もやっていますので笑 (演奏)

常にこの2音から構成される挿入があり(演奏)ですから、ソプラノから最初の2音を抜き出して(音価を)縮小してみると、こうなるわけです。(演奏)それが続き・・・(演奏)それから今度は反進行しているので、上昇音形だったものが・・・(演奏)今度は下降します。(演奏)・・・そして嬰ニ長調まで来ました。なんておかしな調でしょう。(演奏)それからさらに新しいモチーフとして、ご存知『マンハイム・ロケット』 (いくつか例を演奏)ということで・・・(演奏)この大小、長調・短調といった素晴らしい変化・・・(演奏)いつも私達が予想もしなかった不協和音が出てきて、それから2音のスラーで挿入されていたモチーフは徐々に長くなり、このカデンツァに至ります。(演奏)ソナタ形式とロンド形式のコンビネーションですね。ここではサブドミナントで主題が現れ・・・などなど。そして最終の・・・(演奏)今度は別の音域です。(演奏)それとレガート。(演奏)クエスチョンマークがあって・・・(演奏)もうひとつ・・・(演奏)そして最後は・・・(最後まで演奏)非常に愉快で風変わり、なおかつとてもオリジナル。予想通りという部分がまるでない作品ですね。」

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ピアノソナタ第23番 「熱情」 ヘ短調 op.57
2017-02-06 Mon 08:00
Part 2. Sonata in F Minor, opus 57 no. 23 'Appassionata'


第6回目プログラムより「ピアノソナタ第23番 「熱情」 ヘ短調 op.57」のレクチャー内容です。講義時間45分程度です。この曲はもちろん、ベートーベンに限らずショパンでもなんでも、強い印象を受ける曲ほどナポリの6度のハーモニーを分散和音など、いろいろな形で効果的に使っていますね。さておき、途中で何度も何度もピアノを弾きながら説明されているので、出来れば音源を聴いてもらえるとわかりやすいと思います。




「次にご紹介するのは、ヘ短調ソナタです。この曲は、単に『ベートーベンの』ということではなく、西洋音楽全体でみても不朽の大傑作と言える音楽のひとつですね。そしてもちろん、非常に有名な作品ですが・・・なにより私は、この曲を耳にする度・演奏する度に深い感動を覚え、なんて素晴らしいんだろうと感嘆せずにはいられないのです。それから『熱情』というタイトルは作曲家によるものではなく、出版社による銘々ですけれど、これにベートーベンも特に異論を唱えていません。私としては・・・むしろ『sonata tragica 悲劇』と呼びたい気分ですけれど・・・なぜなら、本当にギリシャ悲話のようですので。悲劇的な終焉と共に、そこにカタルシス・・・『夜明け』的な結末はありません。途中、真ん中の楽章で少しだけ日が差しますけれど、変奏と共に変ニ長調でね。」

「今回も作曲コンセプトが素晴らしく、ふたつの巨大な楽章がヘ短調であって、その間には変奏曲形式の変ニ長調が置かれています。そしてこの楽曲は全体がひとつとして作曲されました。第2、第3楽章と止まらずに演奏します。それと、ベートーベンがワルトシュタインでも既に使ったテクニックのように、第2楽章の途中から最終楽章へと緩やかに繋がっていきます。ヘ短調はベートーベンが既に熟知している調性です・・・なぜなら一番最初のソナタが・・・(第1番の冒頭演奏)つまり(ヘ短調でのピアノソナタは)2つあって、そのうちのひとつが1974~1975年頃に書かれたピアノソナタ第1番ですね。そして何度も話題に出ていますが、なぜなら最初のソナタですし、この『マンハイム・ロケット』モチーフで始まりますから(演奏)マンハイム・スクールの作曲家によって生み出された手法でしたね。」

「そしてこのソナタは・・・(それとは)とても違った始まり方をします。ベートーベンの作曲したピアノソナタの中でも特に威風堂々とした作品のひとつですが、にもかかわらずピアニッシモで始まります。興味をそそられませんか・・・彼のソナタが多くの場合ピアニッシモで始まるということに。実はフォルテシモで始まるソナタはひとつしか思い当たりません・・・ハンマークラヴィーアです。(出だしだけ演奏)これだけですね。そしてフォルテで始まるソナタもたくさんありますが、ほとんどのソナタはピアニッシモで開始します。そしてミステリオーゾ・・・」

(演奏)

「とこれが、提示部です。途中で止まりたくなくて・・・遮ってしまうのは残念に思いますから。それでは、この提示部の詳細をいくつかみていきましょう。とても重要なのが、このユニゾンによる冒頭部分ですが、2つの声部を隔てる距離は2オクターブあります。(演奏)そうすることにより、それはより危険な印象を与えるのです。そこにある強烈な危機感。何か・・・とても酷いことがこれから起こる予感、といった風に。(演奏)ここのトリルは、まるで風に巻き上げられる枯葉のようですね。(演奏)全て白紙で、それは常に疑問符で終わるんです。ベートーベンはここに『アレグロ アッサイ』と記していますので、非常に生き生きと、ということになりますが、拍子は、8分の12ですから・・・タタタ タタタ タタタ タタタ・・・ですね。私はいつもこのソナタを演奏する時、1時間くらい前から心の片隅では既に ラタタタ タタタ タタタ タタタと脈打っているんです。」

「さて、ほとんどの方がこの作品をよくご存知かと思います。にもかかわらず・・・試すようなことはしたくないんですが笑・・・私がこの曲を歌ってみてくれませんかと尋ねると、たいてい ♪タータター タータター タータター♪・・・・多くの方が(この曲の)リズムを知りませんけれど、実はとてもシャープなリズムなんです。(左で拍を刻みながら演奏)ということで、曲の冒頭部分は前奏曲的位置づけではなく、ここでこう開始しますが(演奏)この時点で(音楽は)既に前から引き継がれています。ですから、この作品は一番最初の音から始まるということです。・・・当たり前のことのように思えますが、そう聴こえないことが多いので。この楽章は、最も解釈の難しいピアノ音楽のひとつだと思います。総体的に捉えなければなりませんね・・・異なる性質のものを総体的に。」

「と、それが8分の12拍子のリズムです。そして14小節目に差し掛かると・・・何かが起こります。(演奏)このモチーフ・・・この『運命』のモチーフです。(演奏)ですが、これは『運命の宣告』ではなく・・・遥か彼方からやってきて・・・(演奏)ということで、まだ始まったばかりですから、ここで恐らくナポリタンのハーモニーについて触れておいた方が良いですね。それは(演奏)半音上がった音・・・それがこう呼ばれます・・・(演奏)ナポリの6度です。このソナタ全体を通して非常に特徴的な部分です。(演奏)・・・ここで半音上がり(演奏)ベートーベンは、ワルトシュタインでのアイディアを反転させ(ワルトシュタインを少し演奏)・・・全音下がり・・・(ハーモニーの推移を演奏)そしてここでは、その反対です。(演奏)」

「それから・・・(演奏)ポコ リタルダンド、そしてこの初めての火山噴火です。(演奏)そして、オーケストラ全体による噴出。(演奏)この部分ですら、コントロール不可能ではありません。シンコペーションを用いた8分の12拍子です。ラタタタ タタタ タタタ タタタ・・・(演奏)123・・(と休符を数えてから演奏)ここでベートーベンはバスを半音下げ、私達を全く別の地方へと誘います。(演奏)この繰り返される8分音符の連打が聴こえますか?(演奏)これが音楽による至高の扇動感です。そして・・・(演奏)嵐はややおさまりを見せ・・・(演奏)しかし、8分の12拍子の拍感は健在ですね(演奏)それから、この第2主題(演奏)真新しいテーマのように聴こえますけれど、主要主題と密接な関係を持っています。(演奏)それはほとんど長調での・・・平行調での展開形のようです。(演奏)そして、やっと平静さを取り戻したと思ったところで、ベートーベンはそれを遮ります。また感嘆符です。(演奏)変イ・・・またしてもこれはナポリの6度です。(演奏)」

「これだからこの楽章を演奏するのは、非常に難しいんです。このように『時が止まる瞬間』というのがあって、ですが自由なカデンツァではないので、常に拍感を念頭に置かねばなりません。(演奏)このパッセージは私にとって『鳥肌パッセージ』なんです。感じますか・・・この信じられないほど素晴らしい・・・(演奏)モルトレガートで・・・クレッシェンドも何もなしですよ・・・(演奏)嵐の登場です。(演奏)’blitz und donner’-『雷と稲光』と共に。そして・・・(演奏)このソナタは、少なくともニ短調ソナタと同じくらい、シェイクスピアの『テンペスト』と関係が深いと私は思います。ということで、これが提示部の終わり。」

「そしてここから展開部が始まります。(演奏)エンハーモニック(異名同音)転調です。(演奏)ラ♭がソ♯になります。ピアノでは・・・私達ピアニストは(ここで)いつも音程がくるってしまうんです。調律はしているんですが・・・私達にはどうすることも出来ません。ですが心の耳では感じることが出来ると思います・・・この美しい変化を。(演奏)という風に常に転調しています。ここで演奏を止めたのは、とても重要な部分だからです。新しい主題で・・・こういった部分でいつもベートーベン(作品)に感銘を受けるのですが、彼はここで自分を抑え、譲るんです。とても人間らしい側面を私たちに見せていると思います。(演奏)そして私達は重要な鍵を握る『変二(長調)』の上にきました。これがニ短調で・・・(演奏)3度の関係調ですね。しかし(そういった点よりも)既にお話したとおり、この作品の中で変二長調はとても大切な調です・・・こことの関係で(演奏)そしてこの変二長調から登っていきますけれど、ここではバス音の動きを追うことが非常に重要となってきます。構造の上っ面だけ聴いてはいけませんよ・・・基盤こそが大切です。(演奏)」

「私達はこの素晴らしい第2主題をまず耳にしますね・・・(演奏)ですが一方、バス音はというと・・・2オクターブ上がっていきます。(バスを強調して演奏)聴こえますか?(演奏)さらに登りつめ・・・(演奏)という風に・・・ここから・・・ここまで登ってくるわけですね。全2オクターブですから、壮大な登山です。そして彼は、この減七の和音の上に留まり・・・(演奏)と彼はここで、意図的にペダルを使っています。彼は最初にペダルを導入した名作曲家で、楽譜上にペダル指示を加えていますから・・・変えてはいけません。あるべきは膨大な反響音です。(演奏)常にレ♭ですね・・・聴こえますか。そして私達が冒頭で聴いた『運命のモチーフ』がピアニッシモで・・・(演奏)ですがここでは、真のアポカリプスのように。(演奏)そしてここが再現部へ向かう地点です。それから、私は最初に『8分の12拍子の拍を感じなければならないですよ』と申し上げましたが(演奏)ベートーベンはここで、真意を明らかにするわけです。ピアニッシモのオスティナート(執拗反復音形)バスが繰り返しています。(演奏)そして半音分上がり・・・(演奏)そして今、長調ですね。再現部について、全詳細を追うわけにはいきませんけれど、信じられないほどのエナジー・苦悩を感じ取ることが出来たと思います。ここの部分はいつも心臓発作を起こしそうになるんです・・・もしコンサート中に起こったとしたら、悪い逝き方ではないとは思いますが笑 そう努めているわけでは決してないですけれど・・・病院(で最後を迎えること)に比べたら、断然良いと思います。」

「そして、大変素晴らしいコーダ。(演奏)またしても変二長調。この調から、なかなか逃れることが出来ません・・・ベートーベンはよほど変二長調を好んだんですね。(演奏)これまでに積み上げたものが一気に解体され『運命のモチーフ』だけが残り(演奏)・・・そして噴火(演奏)8分の12拍子はなお健在で、それはまるで『最後の審判』(演奏)実にアポカリプス的シーン・・・Dies irae(怒りの日)のようですね。そしてベートーベンは全ての・・・彼の鍵盤上に存在した全ての『ファ』を奏でます。彼のピアノはだいたいこのくらいの長さで(ここは身振りで短いことを示しているかと思いますが)私達のはもっとたくさんありますが音楽自体も(比例して)良くなったわけではありません笑」

「さて、嵐の後に求められるのは・・・静寂さです。そしてここでベートーベンは、この穏やかな変二長調(第2楽章)を与えてくれました・・・とても厳粛なテーマです。(演奏)アンダンテ コン モートですから『歩くような速さで』遅すぎずに・・・そして変二長調で、とてもシンプルなテーマです。最初の8小節に出てくるメロディーは、たった2音から構成されています。(演奏)ですが今回も、バスに注目するのが好ましく・・・(演奏)そして、この付点のリズムは『行進』を彷彿させますね。非常に厳粛な行列です。それから最初の8小節が繰り返されますが、ここでは次の8小節を演奏してみますね。(演奏)ここで私達がすぐに気づくのは、暗い響き・・・ベートーベンは低音域を使っています。ですから、チェロやコントラバスといった低音の弦楽器・・・そして私のイマジネーションの中にはトロンボーンもいます。(演奏)なにか祝祭的かつ厳粛な様子です。」

「それから(構成的には)主題と3つの変奏、そしてコーダ。となりますが、ここで注意を払うべき2つの特徴的な傾向があります。ひとつ目は暗から明への流れ。最後の変奏に至る過程で、徐々に明るさを増していきます・・・まるで日が昇るように。そしてもうひとつは大きな音価から始めて、それを変奏ごとにどんどん小さくしているということです。まず4分音符で始まり・・・(演奏)最初の変奏は、8分音符。左手がスタッカート・・・(言い直して)右手がスタッカートで左手がレガートです。(演奏)まだ暗闇の中ですよ。そして第2変奏が始まると、やや光に近づき・・・16分音符。ここはモルト レガートです(演奏)そして最後の変奏で私達は光に包まれます。32分音符ですね・・・(演奏)アポテオーシス的この後は・・・(演奏)エピローグへと続きますが、ベートーベンはここで主題からほんの一部だけを抜き出して使っています・・・それらは他の音域へ移されて。」

「ベートーベンの素晴らしいところは・・・それがほとんど毎回ピアノには聴こえないところです・・・・と言いますか(自分の演奏を指して)そう聴こえていないといいんですけれど笑 私達は常に、弦・管・金管・・・といった様々なオーケストラの楽器の音色を想像しながら演奏すべきですね。一方・・・とんでもないことに、これをオーケストラ編曲する方が存在します。これら(のピアノソナタ)は、ピアノで演奏するから素晴らしいのです。ですから、ピアノで何百万もの音色を表現すべきであって、何百人もの『十分に稽古しない人々』によって演奏されるべきではありません笑 それでは、この楽章の最後の部分を演奏してみましょう。(演奏)金管楽器・・・そして木管・・・(演奏)チェロと共に(演奏)再度、木管楽器・・・(演奏)・・・そして、こう来るかなと予想されますが・・・実際の展開は違います。(演奏)・・・最後の音があって(演奏)アルペジオ・・・フェルマータと共に。それから再度訪れる『危機』。ベートーベンはこの和音を繰り返します。左にアルペジオ、右に和音。さらに彼は、ここにseccoと書いていますので『乾いた音で』ということですね。ということで、こうあって・・・(演奏)トランペットによる『最後の審判』のように。」

「そして最終楽章は『アレグロ マ ノン トロッポ』ですから、これもまた速く演奏しすぎてはいけません。チェルニー練習曲等ではなく、音楽的最高傑作のひとつなのですから。そして(全体を)焦って演奏さえしなければ、世界の終わりが訪れる最後の『プレスト』・・・ここで、ほとんど耐え難いほどの緊張感が表現されると思います。(演奏)タカタカ タカタカ・・・(とテンポ&リズムを口頭で示し)これより速くならないように。そしてベートーベンの天才的なところは、全てがことごとく繋がっているという点です。最初に出てきたナポリタンの移調を覚えていらっしゃるかと思いますが・・・(演奏)ここでも・・・(演奏)同じ連結方法を使っています。そして連続的16分音符で無窮動な音楽が展開されているかのようですが、その下地にはこの『ため息』のような動機-sospirando(ソスピランド)があります。(演奏)ということで、これらの小さな音符の背後にある主要動機を見つけなければなりませんね。」

「それから最初の楽章と同じく、重要なのが『繰り返しが欠落している』という点です。提示部が繰り返されていませんね。これはほとんど前代未聞のことです。なぜなら通常のソナタでは提示部が繰り返されますので。ですから、ベートーベンはこのトラディションを打ち破ったわけです。と共に、どれほど彼が新しい方向性をみつけようと努力していたか、ということがおわかりになるかと思います。第1楽章には全く反復がなく、そしてこの最終楽章に関しては提示部の反復はなし、続く展開部・再現部は繰り返されています。そしてこれはop.54の・・・(演奏)・・・この楽章にあったように・・・(演奏)興味深いバランスを生み出すわけですね。むしろ短めの前半、そして巨大な後半にコーダ、といった風に。では展開部からもう少し演奏してみましょう。(演奏)これもまた新しいモチーフです。第1楽章と全く同じタイミングで登場しています。(演奏)どちらも新しいテーマを紹介する役目ですね。(演奏)まるでバッハによる2声インベンションのように互いを真似し合い・・・そして、これにうんざりした彼はユニゾンでその鎖を断ち切ります。(演奏)」

「と、これが再現部です。覚えていますか、鳥肌パッセージ。(演奏)第1楽章のこの部分と対になっていますね。そして再度ピアニッシモで、クレッシェンドはなし。ペダルをどこで踏んでどこで離すか、という厳密な指示もあります。(演奏)全てをひとつのペダルで・・・(演奏)それからこの『ソ』で離して・・・ドミナントでまたペダルです。(演奏)ここにはスフォルツァンドを書いていますね。(演奏)ナポリタンの上に(演奏)それから、この巨大な展開部・再現部を繰り返します。最後は非常に恐ろしいです。彼はものすごい accelerando(アッチェレランド)を置き、どこまでもスピードを上げていきます。それはまるでハンガリー舞踊のチャルダッシュのように。リストの作品に”csardas macabre”というのがありますが、これは『死の踊り』のことですね。(演奏)ということで、これが・・・これは極めて素晴らしい作品であり、常に私達を驚愕させ続けています。」


Danse_macabre_by_Michael_Wolgemut.jpg
Danse macabre by michael Wolgemut
Reference:https://en.m.wikipedia.org/wiki/Danse_Macabre
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ピアノソナタ第22番 ヘ長調 op.54
2017-02-04 Sat 11:30
Part 1. Sonata in F Major, opus 54 no. 22

第6回目プログラムより「ピアノソナタ第22番 ヘ長調 op.54」のレクチャー内容です。講義時間30分程度、この日の最初の曲なので(お客さんが入れ替わっていることもあり)重複した話題があります。それからチェルニーに関して、やや辛口のシフさんとなっておりますので笑 気分を害される方がいらっしゃらないといいなと願っています。それにしても、結構書いた気がするのにまだ22曲目・・・。さておき、途中で何度も何度もピアノを弾きながら説明されているので、出来れば音源を聴いてもらえるとわかりやすいと思います。



(第1楽章を途中まで演奏)

「たった今お聴きになったのが、ヘ長調ソナタ op.54の冒頭部分となります。このソナタはおそらく、32曲の中で最も認知度の低い、あるいは一番好まれない曲だと思います。ベートーベン・ファンを自称する方々ですらこの曲とは馬が合わないようで、多くのピアニストは完全に嫌っているのですが・・・私は、このソナタの肩をもって弁護したいと思います。笑 私はこのソナタがとても好きです。そして私は、この32曲のソナタの中に、ひとつとして弱点となるような曲は存在しないと信じていますし、この曲は決してそれに該当しないと思います。・・・ですが、まずこの曲は一連の『連鎖』の一部であるということを理解すべきだと思います。この(曲の)前に起こった事は何か・・・一つ前には、これをお聴きになりましたね(第21番のさわりを演奏)・・・op.53。『ワルトシュタイン』と呼ばれる、かの有名なソナタです。そしてこのヘ長調ソナタの後に登場するのは、全ベートーベンソナタの中で最も有名なこの曲・・・(第23番のさわりを演奏)ヘ短調のop.57・・・これは『熱情』と呼ばれていますね。」

「そしてこのソナタは、これら驚くべき大傑作の間に位置する実験的な作品ですが、だからと言って軽視してはならない作品だと思います。ベートーベンの作品・・・とりわけ、この創作時期(中期)の作品については軽視すべきではありません。この時期に書かれた作品、例えば・・・交響曲第3番、これらの2つのピアノソナタ、それからそのすぐ後にはop.59 3つのラズモフスキー弦楽四重奏曲、op.58 ピアノ協奏曲第4番 などがありますが、本当に名曲揃いです。彼の人生において、非常に重要な時期だと思います。それではなぜ、聴衆または解釈しようとする者達が苦心するのか。このソナタを紐解いてみましょうか・・・ぜひ少し探究してみましょう。」

「この曲は、聴くのも簡単ではないですし・・・演奏するのも簡単ではありません。まず曲の始まり方。そこには何の問題もありませんね。2楽章構成で、もちろん意図的にそうされているのですが、ここで注意を払いたいのが、ベートーベンはハイドンの弟子であったということです。師匠の足跡を辿っているということ・・・ハイドンは数多くの2楽章制ソナタを残していますからね。そして、モーツァルトはというと、ひとつもありません。ベートーベンはかつて『ハイドンから学ぶことなど何もない』と発言しましたが、それは非常に反抗的な若者の発言であって、後のベートーベンだったらそのような発言は控えたと思いますけれど。それから、ベートーベンはハイドンの間に多くの共通点をもち、モーツァルトとはほとんど接点がありません。モーツァルトは全く別のタイプの天才で天からの贈り物である、ということをベートーベンは知っていたと思います。ですから彼は、モーツァルトをとても敬愛していましたけれども・・・彼の道は他にあると、ハイドンこそが彼の目標とすべき人であるとわかっていたんですね。」

「では、このソナタの冒頭に話を戻しますが(演奏)『イン・テンポ・ドゥン・メヌエット』メヌエットのテンポでという意味です。しかし、この楽章は実はメヌエットではなく、あくまでもどの程度の速さで演奏するかというテンポの指示です。先のワルトシュタインソナタで(演奏)第2楽章にはオリジナル案があったとお話しましたが・・・『アンダンテ・ファヴォリ』ですね。(演奏)これは非常に美しい曲ですが、ベートーベンは友人の『ソナタには合わない』という助言に従い、そこから削除しました。そしてそれは非常に賢い判断で、さらにこの曲が『アンダンテ・ファヴォリ (WoO.57)』という形で残っていることは、私たちにとってとても幸いなことですね。そして、その1年後・・・あるいは(アンダンテ・ファヴォリを使わなかったのは、まったくもってもったいないことだ)と思ったのかもしれません・・・新しいソナタに着手し、アンダンテ・ファヴォリと似たような雰囲気の曲を同じ調で書き始めます。ヘ長調です。メヌエットのようなその楽章は裏拍で始まり、3/4拍子ですから・・・12・・・(3から演奏)それから、これは4小節でひとつのフレーズを形成していますので、4小節で1段落ですね・・・そしてそれらの終わりの部分は常にトニック、ヘ長調です。これは既に変わっていて、なぜならとても噛み砕いて表現しているからです。彼は最初の4小節を繰り返し、9小節目からは・・・(演奏)いつもヘ長調で締めて・・・(演奏)さらに4小節・・・(演奏)常にこのヘ長調で終えるわけですね。この女性的終止で。」

「それから彼は最後の8小節を繰り返しますけれど・・・変奏という形です。そして、ベートーベンは変奏の達人であったということを思い起こしてくださいね。(演奏)全てが整頓され、特に変わったところもないようです。・・・とそこで、何かとても奇妙なことが起こります。最後の4小節から演奏しますね・・・(演奏)・・・ここは美とは全くかけ離れています。私はここを(意図的に)美しく弾こうとしていません・・・なぜならここは美しくあるべき部分ではないと思うからです。そしてそれは私達の美学、古典美という観念から逆行していますが、私はこういったものを『美女と野獣』と呼んでおり・・・ここはまさに『野獣』です。台詞的に真似し合うダブルオクターブと共に。また、スフォルツァンドによる味付けで。(演奏)後にこのオクターブのインターバルは6度、3度、2度と変化しますが、これらのスフォルツァンドは一貫して頻繁に現れます。演奏する者はこれらの指示を真剣に受け止めなければなりませんね。鋭利さにアイロンをかけてしまったベートーベンソナタほど、酷いものはありませんから。美しくあるべきではないのです・・・ですが、ここは美ですよ。(別の部分の演奏)それから、この部分は本当にエネルギーに溢れています。もちろん醜いわけではなく・・・醜さとはまた別物ですので。(演奏)それ以外で興味深い点は、『美女』のパートでは通常の3拍子で123,123。しかし、ここの部分に限って彼はそれを隠しています。小節線に逆らっていますね。そして、私達はこういったものをヘミオラと呼びますけれど、3/4拍子のところに作曲者が2/4だとか4/4のフレーズを入れるということですから、(そこでは)小節線(への執着)を忘れなければいけないわけですね。」

「とにかく、これは熟練のなせる表現。アシンメトリーかつ予期せぬ展開だと思います。現代の私達にとっても聴きなれない展開なわけですから、ベートーベンの時代の聴衆にとってはことさらですね。そしてここから・・・(演奏)3度の関係調、変イ長調です。それから、この第1楽章全体はABABA形式を取っています。そしてAが『美女』でBが『野獣』です。それと『美女』は3つの変奏によりますが、『野獣』については2種の変奏で、2番目の『野獣パート』は最初のそれよりも少し短くなっています。では、『美女』の変奏のひとつを演奏してみましょう。(演奏)・・・とそして、このエネルギーに満ちたコントラストとなるわけですね。それから『美女パート』が3回目に現れると、ベートーベンの真意がやっと明らかになってきます・・・『美女』の勝利です。そして・・・そうあるべきですね(演奏)このちょっとしたニュアンスが美しいですね。短調へ行って(演奏)その変奏・・・(演奏)ピアノ協奏曲のカデンツァのように・・・(演奏)そしてここが最も美しいところです(演奏)非常にアポテオーシス的で・・・交響曲第5番の第2楽章を彷彿させると思います。(演奏)変奏・・・(演奏)ディミニッシュ9thをもって・・・(演奏)・・・この不協和音が『野獣』の存在を思い起こさせますね・・・回顧的に。それから、女性的終止で終え・・・(演奏)」

「第2楽章が『アタッカ』で続きますから、休まず続けて演奏します。そして『アレグレット』ですので、速く演奏しすぎてはいけませんね。ですがほとんどの方が指示を無視して、無謀なスピードで演奏します。おそらく・・・私達の『愛する』チェルニーの影響かと思いますが・・・。チェルニーの話題に触れる度、私自身の彼に対する同情心の欠落を隠しきれないのですけれど・・・チェルニー。なぜなら、いつも・・・後の時代をとってみても同じことが言えますけれど、多くの人が誰それの弟子であるということを理由に大キャリアを積み上げます。やれベートーベンの弟子、バルトークの弟子、ヤナーチェクの弟子などと。ですが、そういったこと(名前)を引き合いに出すのは、それ以外の方法で彼らの独自性を説明しきれないからです。(会場沸く)チェルニーがベートーベンのピアノ音楽に関する本を出版した時、彼がこのソナタの第2楽章について書いたのは『ピアニストにとって、練習曲の成果を披露する絶好の機会です。輝かしい練習曲とその習得について』 

ですが本当に頻繁に、この曲が節度ない無窮動で演奏されているのを耳にしますが、それでは音楽的な詳細や美しさ、詩的部分が全く伝わってきません。もちろんこれは無窮動な曲ですが、永続するような16分音符での動きです。(演奏)今のが最初の20小節ですね。そして、この20小節は繰り返されます。この楽章のバランス配分は非常に並外れていますね。なぜなら、とても小さな冒頭部分・・・今お聴きいただいた20小節ですね。それから、展開部、再現部。それらは7倍の長さの140小節以上にも及びます。ですから、これは古典的な形式に対する固定観念を覆す作品と言えるでしょう。どちらかと言えば、全てを均等に配分するのが通例となりますので。ということで20小節を2回、それにおよそ140小節、これも繰り返されます。その後は27小節のコーダ。彼はそこへピウ・アレグロを置いていますので、(コーダに来たら)本当に加速されなければなりませんね。楽章全体を、私が演奏したテンポより速く弾いてはいけませんよ。むしろ、さらに少しゆっくり目くらいで調度良いと思います。そしてコーダでは、本当に炸裂すべきですね。そして私達は同じような『レシピ』を・・・あえてこういった表現を使わせていただくなら・・・あまり良い表現ではありませんけれど苦笑・・・『熱情』の最終楽章でも目にすることになるでしょう。」

「さて。ところで16分音符の部分に注目してみると、隠された旋律やハーモニーを見つけることが出来るかと思います。コラール風に演奏するよう努めてみますが・・・(演奏)既に非常に美しいと私は思います。ヘ長調の三和音があって、それから分散和音VI。(演奏)そして3小節目・・・素晴らしい音楽的センスの持ち主であるドナルド・フランシス・トーヴィー。彼は、ここをjerk『痙攣』と呼びました。現在はあまり良い意味を持つ言葉ではありませんが、彼の時代には裏の意味がありませんでしたので笑 (演奏)『痙攣』は2つの音からなるモチーフです。(演奏)2つ目にスフォルツァンドです。そして、右手が真似し始めると、それは3音のモチーフへと変化します。(演奏)ちょっとしたシグナルのように。ではこれを聴いてみてください。(演奏)とても美しい表現ですね。ベートーベンをおいて、誰も書いたことのないようなピアノ表現です。(演奏)ですが数年前・・・ちょうど4年前のソナタop.26(演奏)葬送行進曲の後の最終楽章はこんな風です。(演奏)彼は4年前にもうこのテクニックを使っていますね。(演奏)

「ここで既にドミナント、ハ長調です。(演奏)素敵な楽章ですね・・・そして、へ長調の楽章のドミナントへ到着した後、展開部が始まり(演奏)非常に頻繁に起こる転調と『小旅行』・・・精通している人ですとか、絶対音感が備わっている人ですら、ついて行くのは非常に困難だと思います。なぜなら、とても変わっていて予期出来ない動きなので、どこへ連れて行かれるか見当もつかないからです。そしてここで、新しいモチーフが始まります・・・リズム的モチーフです。(演奏)トランペットやホルンでのシグナルのように。ここでご紹介しているモチーフの多くは、純粋にインストルメンタル的です。つまり声楽的ではありませんから、(声に出して)歌うのが難しいです。(演奏)変ニ長調のドミナントへ到達しました。そしてここでベートーベンがエクスプレッシーボと指示するモチーフが出てきます。」

「ベートーベンは無窮動の部分で頻繁にドルチェ・・・極めて頻繁に、ドルチェ エクスプレッシーボとしますね。(演奏)これはチェルニーの練習曲などではないですよね・・・私にはどうしてもチェルニー(練習曲)との関連性を見出すことが全く出来ないんです。(演奏)そしてやっと主調のドミナントまで来ました。ですが、私達はたくさんの変換を経て自宅からは遥か遠くに来てしまった気分です。そして今度は(演奏)ここの部分に私はとてもユーモアを感じるんです。まるでギリシャの神が石ころで遊んでいるかのようで。(演奏)とこれが再現部ですが、前出の時とは異なるオーケストラ・アレンジです。なぜならティンパニ・ロールがあって(演奏)それからベートーベンは、よく再現部にサブドミナントを持ってきます。(演奏)短調・・・(演奏)全音分下降して・・・(演奏)もう1つ分・・・(演奏)スフォルツァンドは小節内で(通常は)アクセントのつかない部分に置かれています。

それからダイナミクスは常に極端で再現部だけとってみても、フォルテシモとピアニッシモです。(演奏)そしてここを繰り返すわけですね、140小節ちょっとある部分を。とても膨大なコンセプトだと思います。それから、このピウ・アレグロによるコーダです。うんと速くなりますよ。では、これまでの部分の終わりから演奏してみましょう。(終わりまで演奏) ということで、こう終わるわけですが・・・どうりで人々が混乱を覚えるわけですね。終わったかどうかよくわかりませんし、とても短いです。しかし、ベートーベンはこのソナタをとても大切に思っていました。ですから、これはアクシデント的に作られた作品ではなく、と同時に・・・もしかしたら、この作品はもともと一般に向けて公開するつもりや、とりわけこの作品を通じて自己顕示するつもりでもなかったのかもしれません。ベートーベンは、作曲家として円熟するにつれ『他人からの評価』というものに対し、だんだんと興味を持たなくなっていったように思えます。」


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