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ピアノソナタ第28番 イ長調 op.101
2017-03-18 Sat 03:09
Part 2. Sonata in A major, opus 101 no. 28

第7回目プログラムより「ピアノソナタ第28番 イ長調 op.101」のレクチャー内容です。講義時間は45分。どうやらシフさんは、あまりワーグナー贔屓ではないようです(苦笑 途中で何度もピアノを弾きながら説明されているので、出来れば音源を聴いてもらえるとわかりやすいと思います。




「次のソナタは、前作(27番)の続きといった雰囲気です。ではop.90の終わりから、op.101へと続けて弾いてみましょう。(演奏)op.90よりも、さらに短い提示部ですね。2年の月日が流れ、時は1816年。このソナタはいろいろな意味で桁外れな、実験的作品です。構成は4楽章制に戻っていますね(あとで出てきますが、第3楽章を緩徐楽章+フィナーレとして捉えた場合の話)。」

「さて、ベートーベンはピアノソナタと平行して、チェロソナタを2作書きました。作品番号で言うとop.102、最初の作品はハ長調、2つ目は二長調です。そして、とりわけハ長調のチェロソナタとこのop.101の間には、非常にたくさんの類似点がみられます。まず双方共に、ゆったりめの楽章から始まります。第1楽章は『本当にゆっくり』というわけではないですが・・・落ち着いた雰囲気の漂う6/8拍子です。そして、溌剌とした行進曲のような第2楽章へと続き、それから緩徐楽章・・・これは本来独立した楽章というよりも、最終楽章の導入部ですが・・・ここの最後には第1楽章からの引用もあります。それからフィナーレは(チェロ・ピアノ)共に2/4拍子で、非常に複雑で難しいフーガを含んでいます。ということでベートーベンは、彼の人生においてこの時だけ、同じ構成を二つの曲へあてましたが、後にも先にもこの一回だけです。」

「この第1楽章には、またしても非常に複雑な演奏上の指示がドイツ語で書かれています。『速すぎず、そして非常に深い想いをこめて』。ベートーベンの作品の中でも、ここまで全体を通して優しい雰囲気の楽章は、他にちょっと思いつきません。勇ましいベートーベンでは全くありませんね。なぜなら、非常に柔らかくて愛情のこもっている音楽ですから。それからとても興味深いと思うのが、イ長調作品なのに・・・(演奏)調性がはっきりとわかりません。(演奏)ドミナントから始まっていますね? そして6/8拍子ですから、123456 123456。(演奏)そして、ここでやっとイ長調だとわかります。ですがまた・・・(演奏)問いかけ・・・(演奏)そしてまた問いかけ・・・(演奏)ただただ、疑問符ばかり。(演奏)そして、楽章はまだ始まったばかりだというのに、既にドミナントへ到達しました。そしてそれは私達の目的地でもあり、提示部はホ長調の上で終わります。(演奏)」

「これは、リヒャルト・ワーグナーの一番のお気に入りだったベートーベンソナタなんですよ。それもそのはずですね・・・なぜなら、彼が思うところの『永遠に続くメロディー』をここでみつけたのですから。もちろん時々息継ぎは必要ですけれど、(旋律自体は)決して終わりません。(演奏)そして、この動機・・・(演奏)また3度ですね・・・(演奏)それから転回形・・・(演奏)面白いのがベートーベンはスラーの下に3つの音を置いていますけれど、そのスラーの下には更に小さなスラーがついていますから、3音のうち2音を繋いで残りの1音は離しているわけです。ですから演奏する時、ここは注意を払う必要がありますね。(演奏)

そして、確実にホ長調の上に来ました・・・(演奏)ベートーベンはここで、小節線の在り処を曖昧に隠していますね。こういったところもワーグナーが好んだ理由のひとつかもしれません。(演奏)違いといえば、ワーグナーはベートーベンを敬愛していましたけれど、その逆はどうだったかな・・・と私は思いますね。(もしワーグナーの音楽を聴く機会があれば)敬愛したかもしれません・・・私自身は、ワーグナーに対して少しひっかかるところがあるんですけれど・・・そこには今触れたくありません笑 ・・・ですが、彼は素晴らしい天才でした。そこには疑問の余地がありません。とはいえ私たちは今、全く異なった音楽性についてお話しています。」

「さて、展開部へと進み(演奏)ここでも音楽の『解体』を見ることができますね。フレーズは徐々に小さくなっていき・・・(演奏)つまりこういうことを言っているんですが・・・ベートーベンとワーグナーを比較したくはありませんけれど、とはいえワーグナーの音楽にもこういった対位法をみてみたいものです。(演奏)準備もせずに忍び込ませるような、この再現部への繋げ方。ではもう一度、演奏してみましょう(演奏)この曲は、ベートーベンお気に入りの弟子のひとり、ドロテア・エルトマン夫人に献呈されました。伝え聞くところによりますと、彼女は素晴らしい演奏家だったそうです。この楽章のやわらかな雰囲気にも説明がつきますね。それではこの楽章の終わりの部分を、もう一度演奏させていただきましょう。(演奏)susコード(3度を半音上げて4度に変化させた和音)があり・・・(演奏)小節線に逆らいながら・・・(演奏)9声から成る和音。このやわらかな楽章の中で、フォルテシモへと登りつめて・・・(演奏)コーダ・・・(演奏)女性的終止の上でリタルダンドしますが、まさに『天と地』といった雰囲気ですね。ベートーベン時代のピアノにとって、これらは最高音域と最低音域にあたります。そして続く楽章はとても興味深く・・・ではまず第1楽章を終わりから」

(第1楽章の終わりから第2楽章の頭へ繋げた演奏)

「(ドイツ語の指示は)『生き生きした行進曲風に』。シューマンの作品を彷彿させるところがあるなと、私には感じられます。(演奏)それとベートーベンの弦楽四重奏 op.132にも、行進曲風なところがありますが。調性・・・第1楽章はイ長調で(演奏)そして今・・・(演奏)再度、3度の関係調ですね。この行進曲風な部分は、他ではスケルツォにあたりますけれど・・・まず、最初のフレーズはトニックからドミナントですね。(演奏)・・・ハ長調まで来ました。それから、今の部分が繰り返された後、8小節のハ長調カデンツァです。(演奏)と、ハ長調からヘ長調へと戻って、そして次に・・・(演奏)ということで、ヘ長調からイ長調へ(演奏)何が起こっているかというと、3度の関係調。まずイ長調・・・(演奏)このソナタの調性ですね。そしてこの楽章の調性、ヘ長調(ハーモニー比較演奏)とても奇抜です。

「そして変ホに至ると(演奏)ここで初めてペダルの指示が入ります。前にもお話しましたが、ベートーベンはペダルを意識的に活用した最初の大作曲家です。そしてここでも彼は、何重もの音の層を求めているので、ペダルの踏み替えはなしです。(演奏)全てが一緒に泳いでいます。では少し戻って・・・(演奏)ここでペダルを上げて。そしてピアニッシモ、非常にミステリアスに(演奏)ここでは対位法と、その複雑さを感じ取ることが出来るかと思います。これは、ちょっとした単純な行進曲ではなく・・・全くもって入り組んでいますね。例えばこのパッセージのそれぞれの声部は、次に来る部分を模倣し合っています。(演奏)」

「それからベートーベンは突然、p(ピアノ)で『ドルチェ』と書いていますから、このような生気溢れる楽章の中ですら、『優しさ』という名の小島を浮かべているんです。(演奏)躍動感溢れる楽章ですね。そして、スケルツォ形式でいうところのトリオ・・・ではまずこのマーチ部分を終わりから・・・(演奏)サブドミナントの変ロ長調は、ホルンによる合図のように。(演奏)ヘ音がホルンの長い音色のように、そこへ留まっていますね。そしてトリオ部分は非常に素晴らしく独特です。なぜなら、ここは2声の対位法を表していますので、ドライで高尚な感じにもなりがちです。ですがベートーベンは数回ここへドルチェと書いており・・・シンプルで感情豊かに仕上げることに成功していますね。(演奏)そして繰り返しです。・・・と、これは手稿で明白ではありませんが・・・なぜならベートーベンはここで反復記号と共に、1音書き忘れていますので。テクニカルなことなので・・・詳細に触れて、みなさんを退屈させたくはありませんけれど。」

「ということで、2つの声部は平行して(演奏)そしてまずカノンが始まります。ほとんどの方はカノンとは何かご存知かと思いますが。軍事品のことではなく。(それはキャノン・・・)上声部がカノンを始めて(演奏)下声部がそれを模倣します。(演奏)・・・1小節遅れで。(演奏)ここでトリオの頭に戻るとするならば、そこには『ファ(ヘ音)』が必要となり(演奏)ですが次の部分へ進む場合は『ミ』ナチュラルが必要となりますが、さっきベートーベンが書き忘れたと言ったのは、ここの部分のことなんです。(演奏)とてもシンプルなカノンですね。(演奏)そしてここで何か新しいことが始まり(演奏)このトリオはABA形式です。つまりハムレットのような劇中劇・・・トリオの中にあるABA形式ですね。(演奏)ホルンの合図に戻って(演奏)そして転回形で・・・ここ素晴らしいですね、ベートーベンが再びマーチを登場させているのが。(演奏)またも『地上』と『天空』です。(演奏)まるで軍隊が彼方から近づいてくるように。(演奏)そしてダ・カーポ、アルフィーネ。」

「そしてこの後続く素晴らしい楽章は、ゆったりとしたイントロのように。過去にこれと似通った楽章を、ワルトシュタインや告別でも見聞きしてきましたね。間奏曲的なそれは、正式にはひとつの楽章ではありませんが、彼はこの『緩楽章』をフィナーレへと繋げています。それからイの調性へと戻りますが、長調ではなく短調で(イ短調)。そして『ウナコルダ』という指示をしていますね。鍵盤楽器の場合・・・ひとつひとつのハンマーは一度に3弦叩きます。それはベートーベンの時代のピアノも同じです。けれど(当時のピアノの)構造的に、ペダルを踏んで鍵盤が右へ移動した時に、ハンマーで1弦だけ、2弦だけ、あるいは3弦全て叩く、という切り替えが出来ました。残念ながら、現代のピアノはそういったことが出来ません。まったく、たいした進歩ですね笑」

「とはいえ、(ロンドンから届いた新式ピアノを最後の方は使っていたので)ベートーベンのピアノでのウナコルダの音色は、3弦叩いた場合とは全然違います。それで、私は調律師の方に『ソフトペダルの効果を究極の状態に持っていけるよう、何かつけてください』とお願いしました。なぜならここで求められるのは、理論的に・・・という次元ではなく全く異った音色ですから、なんとかそれを実現できると良いんですが。このイ短調楽章は異世界風であるべきなんです、本当に。(演奏)そして演奏上の指示は『ゆっくりと、焦がれるように』。 この旋律を聴いてください・・・(演奏)これが意図的であるにせよないにせよ・・・ベートーベン流の『音楽の捧げもの(BWV1079)』ですね。(演奏)私は、これを意図的だと思います。なぜならこの時期のベートーベンは、バッハについて研究していました。もちろん当時は、誰もバッハの音楽を演奏しませんでしたから、『音楽の捧げもの』に触れる機会があるとすれば図書館ですね。しかし、非常に重要な作品で・・・この主題をイ短調へ移調してみると(演奏)思うに・・・(演奏)そしてここでも『天空と地上』・・・(演奏)」

「そして、平行調のハ長調へ到達したところで、対話が始まります。(演奏)これはバッハの『半音階的幻想曲とフーガ』を思い起こさせますね・・・幻想曲の最後のところ。引き続きウナコルダで、とても面白いのがベートーベンの閉鎖的ペダル指示です。(演奏)ここはペダルなしで(演奏)この2音の16分音符だけ・・・(演奏)もう一度、ペダルなし・・・(演奏)そして・・・ここだけ。(演奏)非常に興味深いですね。それから、半階音の下降と共に、このソナタのドミナントへ(演奏)そこへとどまり・・・(演奏)そしてこの濃厚なハーモニー・・・(演奏)重要な何かの瀬戸際、という感じがしますね。それからフェルマータで、カデンツァが始まります(演奏)ここに『左のペダルを外して』と書いているんですが。一度に全てではなく、ひとつずつ弦を増やして最後には完全に視界が開けるような指示です。しかし現代のピアノでは、ほぼ不可能ですね・・・想像するよりありません。がっかりさせて申し訳なく思いますけれど・・・とにかく、古典楽器から私達が学ぶことはたくさんありますね。単なるガラクタなどではなく、非常に素晴らしいと思います。まぁ、ベートーベン自身がこれをどう聴いていたのかは、わからないと思いますが・・・聴覚障害の関係で。」

「ということで、ここで・・・(演奏)彼は徐々に弦を増やして・・・(演奏)全ての弦。(演奏)ペダルがあって・・・(演奏)それから引用が出てきて、8分音符の短い音で終わります。そしてここは素敵な瞬間です、デジャブーのような。(演奏)フェルマータ・・・(演奏)もう一度、フェルマータ(演奏)素晴らしい技巧的トリル(演奏)・・・・フィナーレへ!」

(演奏)

「素晴らしいフィナーレですね。元気いっぱいで、楽しげなユーモアに溢れて。典型的なベートーベンのユーモアですね、後期においてもなお。そしてこのリズム。(演奏)前にも・・・(演奏)あるいは・・・(演奏)ですが、こういった表現は初めてです。(演奏)登場早々、既に対位法とその模倣ですね。それはまるで『目覚まし』のように。wake up! 『起きなさい!』と。(演奏)フェルマータ。そして声部を移し、低音部へ(演奏)チロル地方に行って、ヨーデルというものをお聴きになったことがある方。・・・これは『ヨーデルの動機』ですね。とてもオーストリア風な。(演奏)主題はバスへ移って(演奏)バッハのインベンション的な、カノン風の(演奏)主題が推移して・・・(演奏)これも面白いですね、最初の拍が抜けています。1(休符)タララララーと。それから2小節だけピアニッシモでペダル、ここだけぼやけた感じに。(演奏)もう一度弾いてみましょうか。(演奏)・・・と、これは『訂正』のようなもの。そして田舎の踊り風のものが来て(演奏)2声ポリフォニーによる田舎の踊りと、その伴奏です(演奏)そして変奏・・・(演奏)偽終止。この最後の主題は、ものすごくおかしいんです・・・いや私にとっては。(演奏)さりげないユーモアです。安っぽいユーモアなどではなく。」

「それから展開部が始まり・・・(演奏)美しいコラールですね。思い起こしてみると・・・(演奏)こういったところにも繋がりがありますね。(演奏)脅かされるような和音ですね、フォルテシモの。ピアニッシモのところで・・・(演奏)こう遮るわけです。そして、この展開部にベートーベンはフーガを置いています。そしてそれは、とてもとても難しいです。練習しないと・・・いけません・・・(演奏)そして再現部へ。ですがこのフーガですら、高尚というより面白い作りです。なぜなら、ピアニッシモで・・・まるでステージの上の『悪役』が、爪先立ちで歩いている様な。(演奏)このトリルも可笑しいです。このトリルは接尾辞なのに解決しませんから。(演奏)普通はこうですけれど・・・(演奏)・・・と、まるで収まりません。(演奏)これは計画的に置かれたコミック要素です。そして、蛇足なので詳細まではお話しませんが・・・このフーガの最後で、低音域のバス音が拡大され(演奏)ここをフォルテシモで強調します。これはベートーベンの外国製ピアノだからこそ存在した低い『ミ』で、ウィーンのピアノにはなかった音です。そしてこの楽章の最後は・・・(演奏)と、このように機会があるたび、ベートーベンはこの低い『ミ』を楽しんでいます。まるで『新しいおもちゃ』を得た子供のように笑 (演奏)・・・と、これがop.101の最後です。そして次は大変喜ばしくも、語るのが非常に難しいハンマークラヴィーアです」
別窓 | シフのレクチャーコンサート。 | コメント:0 |
ピアノソナタ第27番 ホ短調 op.90
2017-03-10 Fri 02:00
Part 1. Sonata in E minor, opus 90 no. 27

第7回目プログラムより「ピアノソナタ第27番 ホ短調 op.90」のレクチャー内容です。講義時間は47分です。音声だけなのでよくわかりませんが、冒頭で「頭に変なのつけててすいません」みたいなことをおっしゃっているので、恐らく今回はヘッドセット着用なのかもしれません。さておき、途中で何度も何度もピアノを弾きながら説明されているので、出来れば音源を聴いてもらえるとわかりやすいと思います。





「今日(第7回目)は、3つのマスターピースについてお話したいと思います。ホ短調ソナタ たった今、第一楽章・提示部をお聴きいただきましたop.90、それからイ長調 op.101、op.106 変ロ長調、別名『ハンマークラヴィーア』です。私達は、後期の作品へと到着しましたね。そしてこれら後期作品は(ベートーベンソナタの中で)最も謎めいた傑作と言えるでしょう。お話すべきことはたくさんありますけれど、と同時にあまりに偉大な音楽ゆえ言葉にするのは極めて難しく・・・ですので、今日の講義で大失敗しないことを願っています。」

「それにしても本当に、これらについて語るのは容易なことではありません。無味乾燥な楽曲分析になってしまうのは避けたいですし・・・そういった視点でしたら、他にもっともっと上手に説明出来る方がいらっしゃいますから。笑 (解析については)良書を入手されるのも一案かと思います。音楽評論家達・・・彼らはほとんどサイエンティストのようだとも言えると思いますが・・・その彼らが『謎解き』に挑んでいますね。

そして、謎は依然残されたままです。特にハンマークラヴィーアのような作品について、ベートーベンは『これから向こう50年間、演奏者達を悩ませる作品となるだろう』と語りましたが、これは『世紀の謙遜』だと思います。笑 なぜなら、ハンマークラヴィーアが書かれたのは1817年~1818年頃ですけれど、その全体像は今もなお謎に包まれていますので。この音楽が何を意味するのか。また、何を伝えようとしているのか・・・といったことは誰にもわかりません。ですがひとつ言えるのは、そのモダンさゆえ常に新鮮味を失わず、決して色褪せることない斬新さと共に私達へ語りかけてくる作品だということでしょうか。」

「それでは、まずホ短調ソナタ op.90からみていきましょう。これは、ベートーベンソナタ後期への導入となる作品で、片足を過去に置いたまま、しかしもう一方のつま先は未来へと向かっています。そしてお分かりいただけるとおり、これはいわゆる『単に感じよくまとめた音楽』ではなく、むしろそういったものの対極にあって、ありきたりな枠にも収まっていません。ベートーベンは、周囲を喜ばせるためにこれを書いたわけではないのです。それから、彼はこれを意図的に2楽章構成としました。しかし既にそういった形式は経験してきましたね、例えばop.54で。(演奏)あるいは嬰ヘ長調ソナタ op.78・・・(演奏)ちなみにこのソナタより後のop.111、最後のソナタも同じく2楽章制ですけれど、これについてはまるで無限に続くような印象を受けるので、そうとはすぐに気づかないかもしれません。」

「ということで、この2楽章制という構成はハイドン時代まで遡ります。ハイドンは数多くの音楽を2楽章構成で書きましたね。モーツァルトはというと(ピアノソナタでは)一度もありません。ですが・・・ちなみに、モーツァルトのバイオリンとピアノのためのソナタ ホ短調・・・(演奏)これも同じく2楽章制です。そしてこれがモーツァルトにとって唯一のホ短調作品です。モーツァルトがあまり使わなかった調性、という点でとても変わっていますね。ベートーベンは恐らくこのソナタの存在を知っていたんでしょうし、ハイドンのホ短調 ピアノソナタについても聞き知っていたことでしょう。(演奏)」

「さて、このop.90は1814年の作品で、つまりひとつ前の-”les adieux”との間には、大きな時間的ギャップがあるわけです。(演奏)前回お聴きになりましたね・・・”les adieux”あるいはドイツ語で”Das Lebewohl”。これは1809年、ルドルフ大公のために書かれました。ベートーベンがこんなにも長い期間待ってから、次の作品を書いたのはとても奇妙なことです。opus 81a(告別)の頃は、ベートーベンの人生におけるひとつの転換期が終焉を向かえていましたから『当面、ピアノ音楽を通じて語るべきことなどない』という気分だったのかもしれませんね。と同時に、これはベートーベンにとって極めて厳しい時期で、耳の不自由さも困難を極めていましたし、および深刻な金銭問題、そして家族問題としては弟の死があり、甥のカールの面倒を見なければなりませんでした。その上、歌劇『フィデリオ』の準備にも忙しく・・・ピアノソナタについて考えている余裕がなかったのでしょう。」

「ですがその4~5年の間に、ベートーベンは再度自分を奮い立たせ構想を練り、このホ短調ソナタを書き上げたんだと思います。この曲はモーリッツ・リヒノフスキー伯爵に献呈されました。カール・リヒノフスキー公爵の弟ですね。ウィーンのリヒノフスキー家は、ベートーベンにとって長らく音楽上の良き理解者でした。このソナタに関しては逸話があり、シンドラーか・・・弟子のフェルディナント・リースあたりにベートーベンが語ったと伝えられているのが、第1楽章は「理性と感情の争い」、第2楽章は「恋人との会話」。真偽のほどは定かではありませんけれど、とても素敵な解釈だと思います。笑

「とはいえ、これは既に彼がイタリア語の音楽用語に満足できなくなっていた時期ですから、アレグロ、アダージョ、アンダンテといった言葉に対して・・・(ドイツ)愛国主義者的ではありますけれど・・・深い思考力をもつ音楽家としては、こういったイタリア語の用語だけは彼の発想を厳密に伝えきれないと考えたわけですね。そこで彼は、このホ単調ソナタ・第1楽章の頭の部分にMit Lebhaftigkeit und durchaus mit Empfindung und Ausdruck.(溌剌と、そして終始感情と表情をともなって)と書き込みました。

当然、現在の私たちは『もちろん、表情なしで演奏するなんて!』と考えますが、ベートーベンとしては(耳の聴こえない私にはもうピアノが弾けないのだから、演奏家たちのために出来る限り正確な指示を残さなくては)という想いがあったんだと思います。そしてここから先のソナタ作品には、たくさんの発想記号、また強弱や表現についての指示もみられますね。これらの手稿は2作品分残っており・・・op.90とop.101ですが・・・時にそれらは極めて読みづらく、『解読』するのが困難ですから、当時の人達はいったい全体どうやって彼の筆跡を読んだんだろうと思いますね。」

「さて。では始めましょう。これは3分の4拍子ですから・・・123、123。そして裏拍で始まります、3拍目の。123、12・・(3と同時に演奏)これらが最初の8小節になりますが、前出の説明を思い起こしてみると『感情の相互作用』ということで、この最初に出てくる意思表示は『交流』です(演奏)それは疑問符で終わり、そして答えがかえってきます(演奏)最初の部分はフォルテですから強い意思表示、そして続く部分はまるで懇願しているように。ということで、疑問の投げかけと回答・・・理性と感情。モチーフ的に言うならば(演奏)3度の音程距離です。(演奏)この『3度』については、ハンマークラヴィーアの時にもっと詳しくお話しすることになりますが、既にそちらの方向を指し示しているわけですね。(演奏)」

「問いの答えは、まるで弦楽四重奏から抜け出してきたかのようです・・・弦楽四重奏のために書かれてたとしてもおかしくないくらいですが・・・冒頭部分はとても交響的ですね。オーケストラ風、そして弦楽四重奏風。(演奏)さて、ドミナントのロ短調に到着しました。そして、続く次の8小節はこれまでと全く異なっていますよ。(演奏)またドミナントの上で止まりフェルマータですから、メトロノームのスイッチを切るべき部分ですね・・・まぁ最初から電源など入っていなかったとは思いますが。笑  それから・・・この2つ目のフレーズは、何がどう違うんでしょう。まず最初の8小節からは、縦方向のエネルギーを感じますが、続く部分はとても旋律的で横方向へ流れていますね。(演奏)」

「ハイドンやモーツァルトとは対照的に、ベートーベンは初の「レガート作曲家」です。ハイドンやモーツァルトの場合スラー表示があっても、それが1小節を超えることはまずありませんでしたし、モーツァルトのスラーはいつもバイオリニストが一弓で弾けるくらいの長さでした。ベートーベンの場合は、非常~に長いスラーが出てくることもあります。8小節、10小節、15小節なんて場合もあります。そして、それらを一弓で弾けるかどうかは関係なく、あくまで彼のイマジネーションの形ですから、時として完全に非現実的で演奏不可能だったりもしますが、でもイマジネーションの表現としてそこに必要なものなのだと思います。」

「では2つ目のフレーズを弾いてから次へ進みますね(演奏)そして次です・・・(演奏)再度トニックの上で止まり、またフェルマータ。ということでこの最初の24小節、3×8(8小節3つ分)がこの作品の軸を構成しています。3つ目のフレーズについては・・・(演奏)この大きな跳躍。1オクターブと7度ですね。ベートーベンは20年前のop.2-2を振り返り・・・(演奏)ここにも同じ形の跳躍が出てきますが・・・偶然ではないと思います。自分の子供の(昔の)写真を見るような感じですね笑 それではもう一度、冒頭24小節を演奏してみましょう。(演奏)ここで何が起こっているかというと・・・突如現れた、恐ろしい雰囲気のオクターブです。(演奏)他のハーモニーを含まずに、ただドミナント、トニック。リズムも最小限まで削ぎ落とされた123、123(演奏)そしてピアニッシモですから、とても恐ろしい感じがしますね。このソナタのダイナミクスはピアニッシモからフォルテシモと極端で、それらの間には多種多様な色彩が存在しています。」

「そして、この最初の爆発(演奏)二振りの・・・ここを弦楽器演奏に喩えるならば『下げ弓』を2回。No! No! ・・・現実の否定です。そしてもう一度・・・(演奏)ここは素晴らしいですね、なぜなら私たちは今、イ短調上にいて(演奏)それはまたしてもピアニッシモ。そして、このシ♭は遥か遠くの世界への出発です。(演奏)それから何が起こるかというと・・・鍵盤上、このシ♭とラ♯は異名同音の関係にあり・・・あまり細かいところは説明しませんけれど、残念ながらピアノとは半メカニカルな楽器なので、バイオリニストのようにシ♭とラ♯の違いを表現することは出来ませんが、そこは想像力をもって。『これはシ♭・・・』と思って弾くと、私の脳と心はラ♯とは違った感じ方をするんです。(演奏)それからミのナチュラル。これはトライトーンですね。ある筋では「悪魔の音程」と呼ばれていますけれど。(演奏)そして減七の和音が出てきますが、そのバス音は既にシ♭ではなくラ♯です。(演奏)・・・と、ロ短調へ達しますね。これはホ短調のドミナントです。(演奏)」

「それから、ベートーベンは切迫感のある8分音符を伴奏に置き・・・(演奏)合わせると(演奏)そしてフォルテシモに至ると、そこへリタルダンドと書いていますね。このように彼の指示は非常に厳密で、演奏者には選択の余地がほとんど残されていません。では、この2音を聴いていてください・・・(演奏)嬰ヘ音とト音(ファ♯とソ)。これらはこの楽章にとって、非常に重要な鍵となりますので。ト音は11回ですね。(演奏)それから次の主題が出てきますが、嬰ヘ音からト音の後はその転回形としてト音から嬰ヘ音へ(演奏)非常に興奮した様子の16分音符伴奏で、とても弾きづらい音形です。(演奏)バス音程に注目してみると(演奏)ちょっとこんな感じ・・・(演奏) まぁ偶然かもしれませんが。(シューベルト作品への影響について若干匂わせたあと)

とにかく主要主題の・・・(演奏)転回形は・・・(演奏)となりますが、つまりここのバス音程は主要主題の転回形ですね。これがベートーベンの手法なんです。小さなかたまりやモチーフを取り出し、そこから段階を追って作り上げていく・・・単なる章単位ではなく楽曲全体に渡ってです。そして、そうした点がベートーベンという作曲家のユニークなところだと思います。とはいえ・・・これはハイドンから受け継がれたものですけれど。ハイドンは(こういった手法の)達人でしたから。(演奏)その変奏・・・(演奏)そして最終主題です(演奏)不協和音がぶつかり合い、またしても嬰ヘ音からト音です。(演奏)ここはナポリの六度・・・(演奏)本当に挑戦的といいますか・・・とてもモダンな音楽ですね。(演奏)またト音から嬰ヘ音・・・(演奏)恐らくお気づきになったかと思いますが、とてもコンパクトです。実はこれはベートーベンのソナタの中で最も短い提示部のひとつで、わずか1分以下で終わってしまいます。感覚的には短いですが、たくさんのことが盛り込まれています。」

「さて、提示部をロ短調で終えた後、展開部は『ミ』ナチュラルの単音から始まります。(演奏)この8分音符の伴奏については、既に聴いていますね・・・(演奏)それが今度はアルトに移され・・・(演奏)お分かりのとおり、これは『新言語』です。もはや『熱情』や『告別』の時の言語ではありません。(演奏)そしてこの美しいテーマ・・・これは9小節目でも聴きましたね。(演奏)今、最初の4小節だけ聴きましたが、ベートーベンはここで素晴らしい対位法をもちいており、それは極めて独立しています。それからここで触れておきたいのですが、名作曲家たちはみな人生のどこかで『バッハは全ての音楽の父である』と悟りました。当たり前のことのようですが、意外とそうでもないんです。そしてその発見の瞬間以降、彼らの手法の中に新たな領域があらわれました。

モーツァルトの場合1782年頃、ヴァン・スヴィーテン男爵の館でのバッハ体験をきっかけに、彼の音楽はより複雑に対位法も頻繁に用いられるようになりました。フーガも書きましたね。つまりそれと同じことがベートーベンにも起こったわけです。(演奏)本当にとても美しい対旋律ですね。(演奏)旋律はテノールへ移動して(演奏)そこへ素晴らしい装飾的音型が加わえられ(演奏)そして今度はバスへ(演奏)ここで見られるのが『解体の過程』です。8小節からなる主題は、まず4小節に、そして2小節・・・最後は1小節のみという風に。彼はその後さらに解体しますけれど。ではこのあたり全体を演奏してみますね。(演奏)おわかりになるといいんですが・・・だんだん小さくなっていきます。2小節・・・(演奏)1小節、1小節、1小節。それから・・・(演奏)バス音程は上昇をみせて・・・(演奏)それからトニックの四六の和音へ到着します。そして、この装飾的伴奏は・・・(演奏)」

付加的なものに感じますが、何が起こるかというと(演奏)彼はこの装飾音形の上で止まって(演奏)16分音符の5つの音ですが(演奏)装飾音形は8分音符から4分音符、それから2分音符へと変化します。(演奏)低音域は高音域を真似ていますね。ここの部分は(練習に)時間をかけてください、なぜならとても珍しい形ですので。(演奏)5つの音から、4音、3音・・・そしてベートーベンが気づいたのはソ、ファ♯、ミ・・・また・・・(演奏)ですが、これを把握するのはとても難しいことです。もう一度演奏してみましょう。(演奏)非常に濃縮されコンパクトにまとまった部分の模倣ですね。(演奏)・・・と、冒頭へ戻るわけです。ということで、極めて非凡だと思います。ベートーベンは、これまでこんな風に書いたことなどありませんでしたので。再現部には、新しい点もありますがそこにはあまり時間をかけられませんね・・・でないと、いつまでたっても講演が終わらないことになってしまいますので。ええと・・・それではコーダを演奏させてください。(演奏)3つ目のフレーズと同じで、違いといえば『リタルダンドなし』という点で、それは気化するように終わります。」

(演奏)

「そしてこれが「恋人との会話」ということになります。Nicht zu geschwind und sehr singbar vorgetragen (速すぎず、そして十分に歌うように)。ベートーベンは美旋律が書けないなどと言う方は、ここでその間違いを証明されることになりますね。ほとんどシューベルトのソナタを彷彿させますが、確かに・・・19歳という若さのシューベルトによる『ホ短調の未完ソナタ(D.566)』は(演奏)ベートーベンソナタに酷似していますが、(シューベルトにとっては)残念なことにベートーベンが先です笑 ・・・とはいえ、私達の愛するシューベルトについて悪く言うつもりはないんですよ。なぜなら、これはベートーベンに対するオマージュですから。」

「この素晴らしい横旋律があって・・・しかし、『理性との関わり』についても忘れずにおきましょう。なぜなら(演奏)3度の、長調で。その転回形は・・・(演奏)ロンド主題は、この楽章の中で5回、回帰しますけれど、アルトゥール・ルービンシュタインのような素晴らしい音楽家ですら、この曲をロシアで開かれたばかげたコンクールで演奏しました(・・・全コンクールがばかげていると思います笑・・・ですが昨今は昔と比べその数は増える一方ですね。増えれば増えるほど、ばかばかしさも増す気がしますが笑)。それで、ルービンシュタインがホ短調ソナタの第2楽章を演奏した時、『どうしてベートーベンは、この主題をそう何度も回帰させるんだ』と不平を言ったそうです。・・・多すぎると。けれど、私は全くの反対意見です・・・これだけの美しい主題に、多すぎるなんてことはありえないと思います。それに常に・・・全く同じではありませんから。それは前後関係によって変わってきます。たとえばもし嵐のようなエピソードの後にこのロンドを聴いとしたら、その時は全く別の耳で聴くことになりますね。」

「ということで・・・これはロンド形式の中にソナタ形式の要素も多少含んでいます。そしてこれはエピソードのひとつで(演奏)そして第2主題へ(演奏)とても美しい構造、音のコンセプトがみられますね。(演奏)まるで、コントラリーモーションのゆったりとしたトリルが書き起こされているように。そしてそれらが合わさると、ナチュラルな絵画のような印象を与えます。シューベルトの音楽にみられる水のエレメント。(演奏)ここにも同じように・・・(演奏)そしてこの推移の後、コラールのような次の主題が三連符の伴奏と共に現れます(演奏)続く4小節は16分音符の伴奏を伴う変奏です(演奏)そしてまたしても、あまりに自然で当たり前のことのようですが、バス音形をみていただくと・・・(演奏)3度による動機の転回形ですね。(演奏)そして愛すべき(ロンド)主題です。一秒たりとも長すぎるとは思いません。ベートーベンの音楽が長すぎるなんてことはないと思います・・・単に忍耐力に欠ける人が存在するだけで笑」

「それから、また非常に興味深いエピソード・・・ほとんど展開部のようなそれは、こう始まります(演奏)嬰ハ長調・・・(演奏)私がさっき申し上げたのはこのことです。嵐の後に感じる帰巣感覚、このコントラストが必要なんです。コーダについても、ほんの少し。この楽章の最後に位置するそれは・・・とても美しいです。主題はソプラノ・テノール間を移動します(演奏)それからソプラノに移り(演奏)テノールへ戻って・・・(演奏)チェロのような素晴らしい音色ですね(演奏)ピアノのような音ではまるでありません・・・(演奏)ソプラノへ戻り・・・(演奏)とここで終わっても良いようですが、まだエピローグへと続き・・・(演奏)終わったことを誰も気づかせないような感じですね。素晴らしいのは、ここでゆったりしたテンポのままスローダウンし、また弦四重奏のように(演奏)全ての声部が共に歌い、そして彼はアッチェレランドからテンポプリモに到達させますが、アッチェレランドで『普通の(最初の)テンポ』です。それ以上ではなく。これは多くの演奏家にとって論点となっている部分ですが、私はあくまで最初のテンポまで。という見解で納得しています。そして最初のテンポへ戻ったらp(ピアノ)、それから最後の小節はスビトピアニッシモです。『だんだんゆっくり』ではいけません。こんな風に・・・(演奏)この最後ですら、転回形・・・(演奏)という風に、最初と最後が出会うわけです。終了後の拍手はないほうが理想的ですね。なぜなら拍手を必要とするような感じ(の終わり方)ではありませんので笑 このソナタはコンサート向きの作品ではないと、もともとそういったねらいで書かれた曲ではないと思います。ですが努力がぎっしりと詰めこまれた作品ですね」



興味深い論文を発表されているページをみつけたので、よろしければ。

『フーガがモーツァルトの後期クラヴィーアソナタに与えた影響』 教授 原 佳之さん

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ピアノソナタ第26番 「告別」 変ホ長調 op.81a
2017-02-08 Wed 13:07
Part 5. Sonata in E Flat, opus 81a no. 26 'Les Adieux'

第6回目プログラムの最後の曲「ピアノソナタ第26番 「告別」 変ホ長調 op.81a」のレクチャー内容です。講義時間は27分です。ドイツ語には全く詳しくないですが、第1楽章の原題Lebewohlという言葉には、また逢えるかわからない・再会を約束されていないお別れといったニュアンスがあり、なおかつ誰か特定の人に対して1対1のお別れの時に使う言葉なんだそうです。それと、ルドルフ大公について調べていた時に読んだ、彼宛のベートーベンの手紙が、まさに友達という感じの距離感で素敵だなぁと思いました。さておき、途中で何度も何度もピアノを弾きながら説明されているので、出来れば音源を聴いてもらえるとわかりやすいと思います。





「嬰ヘ長調のop.78はベートーベンにとって、とても大切なソナタでした。そして次にご紹介するop.81aは”les adieux”と呼ばれますが、さらに良い響きを持つのがドイツ語原題の”Lebewohl”です。これは非常に重要な作品で、ベートーベンのお気に入りの生徒で親友でもあったルドルフ大公のために書かれました。ルドルフ大公はとても能力の高い音楽家・作曲家で、それはベートーベンがこれまでに彼のために書いた数々の名曲を見れば判断出来ることですね。(演奏)ピアノ三重奏曲第7番「大公」または、最後のバイオリンソナタ。(第10番の冒頭演奏)あとはミサ・ソレムニス(荘厳ミサ曲)ですとか・・・いくつかありますが、いずれにしても評価していない人のために作曲などしないと思います。そしてこのソナタが書かれた1809年。ナポレオン軍がウィーンへ進駐し、ローマ帝国皇帝フランツ1世と共に、ルドルフ大公もまた亡命せねばなりませんでした。それから、このソナタが書かれた日付は1809年5月4日と正確にわかっています。」

「さて。この作品はベートーベンソナタの中で唯一の表題音楽です。しかし、そうったことを抜きにしても素晴らしい音楽ですから、タイトルに縛られすぎない方が良いとは思います。例えば交響曲第6番の・・・(演奏)ベートーベンはここで”Mehr ausdruck der empfindung als malerei“-絵画的表現というよりもむしろ、音に感情をのせて-と発言しましたが、つまりそれが交響曲第6番に対する彼からの指示だったわけですね。そしてそのモットーは、この作品にも当てはまるのではないかなと思います。・・・とはいえ、この作品の背景には物語があります。それは空想ごとではなく実際に起こったお話です。そして、それぞれの楽章にはタイトルがつけられていますね。第1楽章は「Das Lebewohl」またはFarewell(お別れ)、「Abwesenheit」またはabsence(不在)とつけられた第2楽章、そして「Das Wiedersehen」あるいはreturn(再会)とつけられた最終楽章です。」

「このモチーフから始まり(演奏)3つの間隔。それは2台のホルンが奏でているように・・・これは、明らかにホルンの音色ですね。そして彼は"Le-be-wohl"という風に表現しています(ベートーベンが最初の3音の上にそう書いたそうです)・・・さよなら。(節をつけて演奏)しかしこの最後の音で何が起こるかというと、バスが偽終止と共に加わります。(演奏)本当に美しいですね・・・。ベートーベンが、がっかりとして悲しんでいる様子がうかがえます。なぜなら、普通ならこういう感じです。(演奏)ですがそうするかわりに・・・(演奏)としたわけですから。そして・・・(演奏)なぜどうして、といった風に。こういった音楽には前例があり、ヨハン・セバスティアン・バッハの初期の作品のひとつが、このように始まります・・・(演奏)カプリッチョ『最愛の兄の旅立ちに寄せて』。ベートーベンはこの曲を知っていたんでしょうか?親愛な誰かの旅立ちと共に、その身を案じている・・・という物語です。とにかく、最初のレーベヴォールのあと、既にバスは半音階的な下降をみせます。こういったものを18世紀にはパソス・デ・リウスクルスと呼びました。(演奏)

悲劇や危険の到来を知らせるような、重いパッセージですね。(演奏)またレーベヴォールがあり・・・(演奏)ですが、彼がここでどう進めるか聴いてください。(演奏)ここから本当の意味で導入部が始まります。『熱情』とは違い、ゆったりとした序奏部分が主題へと導いていきます。まずはじめに、この『レーベヴォール』・・・別れのモチーフは様々な変化と共に、楽章全体に渡って出てきます。そしてこの大いなる期待感の後、アレグロが幕を開けます。(演奏)新しい主題のようですが、バスは・・・(演奏)『レーベヴォール』の転回形ですね。(演奏)次はバスが・・・(演奏)そしてソプラノが・・・(演奏)転回形です。そして全てはここから来ていて(レーベヴォールのフレーズ演奏)短調で演奏すると・・・(演奏)・・・ここで再度・・・(演奏)と、今度はその縮小形・・・より小さな音価で。(演奏)そして導入部の反復です。ということで、この楽章が表現しているのは、ベートーベンの願いです。行かないでくれと、引き止めたい想いですね。」

「それから展開部です。(演奏)まず『レーベヴォール』があって(演奏)バスには・・・(演奏)アレグロから来ている8分音符の動機です。とても興味深いですね。極めてコンパクトに、これら全てが短期間で起こりますから。(演奏)それからまたしても、それは解体されていきます。こうあったところから・・・(演奏)最後には、2音だけが残されます。(演奏)最も小さな『元素』までバラバラに出来るなんて。(演奏)そして反復し始めたところで、私達は突然また頭に戻っていることに気づきます。(演奏)そしてその後、非常に詩的なコーダがあり。(演奏)音楽全体がレーベヴォール動機の中に漂っていますね。音楽の詩的イメージについては、あまりあれこれと憶測を述べたくありませんけれど、このケースにおいては許容されるかなと思います。なぜなら、大公は飛行機で旅をしたわけではありませんから。またそれは列車でもなく・・・馬車の旅です。私には蹄の音が聴こえます・・・(演奏)そして、ここはまた素晴らしいですね。まるで一方がそこへ佇む中、馬車はどんどんと遠ざかっていくかのようです・・・丘を越えて。それからここでベートーベンは、ほぼ不可能な注文を出します。(演奏)長い『ド』の上にあるクレッシェンドです。しかしピアノで(単音に)クレッシェンドは無理ですね・・・あくまで彼はそう求めていますけれど笑 ですから、やれることと言えば・・・ここで立ち上がるくらいです、たぶん笑 でもそれでは少し安っぽい演出ですね。(演奏)・・・そして、大公は行ってしまいました。」

「第2楽章は「Abwesenheit」不在です。素晴らしいメランコリーの描写です・・・その想い・・・(演奏)ということで、ハ短調ですね。歩く速度の楽章ですから、またしても遅すぎないように。(演奏)そしてハ短調の曲ですけれど、ベートーベンはハ短調コードから即座に離れますから、それで私達を不安な気持ちにさせるわけです。それと共に、ご想像できるかと思いますが・・・この動機・・・(演奏)wo_bist_du・・・『・・・君はどこに?』 私はいつもこの問いかけを想像するんです。(演奏)語りかけるように、叙情的に。(演奏)ほとんどバロック音楽のようですね・・・すごくそういう感じがします。バッハやヘンデルのレチタティーヴォのようですね。そしてこの後・・・これは非常に短い楽章で、ワルトシュタインや熱情と同じく各楽章ごとの締めはなく、このまま最終楽章へと導いていきます。主要部分の反復が2回あり・・・その後やっとドミナントへ到達します。ハ短調・・・」

(演奏)

「ということで、このメランコリックな第2楽章『不在』が変化し、突然の"Return(再会)"・・・大公が戻ってきます。そしてどういうわけか・・・『時』は圧縮され一瞬の出来事のように、全第2楽章『不在』はほんの2分程度しかかかりません。しかし、ここで表現されているのは数か月、数年にも渡る不在です。ですが大切なのは、この信じられないほどの喜び。ふたりの友が分かち合う喜びです。これは、ふたりの人間の間にある非常に深い友情であり、とても感動的で・・・芝居がかったところなど、ひとつも見あたりません。それにしてもベートーベンはこの『喜び』をこれ以上ない簡潔さで表現しています。それはトニック、ドミナント、トニック・・・(演奏)6小節です。それから左手へ移り・・・(演奏)そして3つ目の変奏はオーケストラ全体で!(演奏)」

「あと、みなさんこちらはご存知ですね(『皇帝』をちょっと演奏)これもまた、ルドルフ大公に捧げられた曲です。”les adieux”(第26番)の数年前のことですね、ピアノ協奏曲『皇帝』は。そしてこれ(第26番)はオーケストラパートのないピアノ協奏曲のようなものだと思います・・・彼らがいなくて本当によかった(と冗談を口早に言って演奏)そしてここは、まるでウィーンの教会の鐘という鐘が全て鳴り響いているかのように。(演奏)これはちょっとした変奏で・・・(演奏)それから、この”iambic” 強弱格ですね。(演奏)またしても、こうした音形は『皇帝』協奏曲から、そのままそっくり抜け出してきたかのようです。」

「それから、極めて短い展開部が続き・・・(演奏)たった3音。興味深いのが・・・この展開部は、ずっと『ピアニッシモ周辺』で演奏されるということです。(演奏)ここは美しいですね・・・彼は声部のバランスを変えています。上声部にあったものが、低音域で・・・(演奏)このたった3音を使って、とても複雑な通模倣様式であるディミニューションやストレッタを用いています。(演奏)これはサブドミナント上での再現部にみせかけた部分ですが、そこから2小節すぎると・・・(演奏)と、ここで本当の再現部があらわれるわけですね。では、この展開部全体を演奏してみましょう。ほんの1分くらいですから、おしゃべりはなしで。(演奏)・・・とこれで作品的には終わりですが、このソナタはとっても詩的な作品ですので・・・(演奏)『エピローグ』へと続きます・・・コーダです。(演奏)メノ アレグロですから、ゆっくり目の動きですね。そしてそれは、このソナタ全体の冒頭『レーベヴォール』を思い起こさせますね。ホルンが聴こえてきますので。(演奏)それから変奏・・・(演奏)もうひとつの変奏があって・・・(演奏)そしてこう終わります・・・(演奏)」


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ピアノソナタ第25番 「かっこう」 ト長調 op.79
2017-02-07 Tue 06:28
Part 4. Sonata in G Major, opus 79 no. 25

第6回目プログラムより「ピアノソナタ第25番 「かっこう」 ト長調 op.79」のレクチャー内容です。なんと講義時間はたった6分、大胆な時間配分です。そしてこんなにも短いのに、チェルニーをからかうことは忘れていませんし、さりげなく『この作品は休憩』と言ってのけるシフさん笑 さておき、途中で何度も何度もピアノを弾きながら説明されているので、出来れば音源を聴いてもらえるとわかりやすいと思います。





「次の作品について、ほんの数言申し上げたいと思います。こちらは(他のソナタと比べると)気持ち軽めの作品ですが・・・ドナルド・フランシス・トーヴィーも言っていたように、これは『シェークスピアがハムレットとリア王の間に書いた小作品のようなもの』ですね。ベートーベンにも少し休憩が必要だったでしょうし、そこで彼はこのソナチネと呼ばれるop.79を書きました。あるいは子供や若い生徒向けに書かれたのかもしれません。ですが誤解を招く発言は避けたいと思います・・・演奏するのは簡単でないですから、特に第1楽章は。とはいえもちろん、音楽好きの子供たちにはop.49ソナタと合わせて、大いに弾いてみるべきだとお勧めします。素晴らしい音楽を知る良いきっかけとなりますし、チェルニー練習曲よりも、こちらを弾いた方が断然良いと思います笑」

「では少し演奏してみましょう。こんな風に始まりますよ。(演奏)”Presto alla tedesca” つまり極めて速く、そして alla tedescaは『ドイツ風の踊り』という意味です。みなさんご存知かと思いますが、ベートーベン弦楽四重奏に・・・(演奏)・・・op.130(第13番)、この作品にもアラ・テデスカというト長調の楽章があります(第4楽章)。ドイツのダンス、速めのワルツといった感じです。そしてハイドンの作品にも・・・(演奏)ドイツの踊りがありますね(Hob. IX:12)。それからこのソナタは『かっこう』とも呼ばれており、なぜなら展開部をちょっとお聴かせすると・・・(演奏)かっこうがいるのが聴こえますね。そしてとても美しいのが、このパッセージをフォルテはペダルなし、p(ピアノ)は新しくペダルをつけて・・・(演奏)このハーモニーの変化・・・(演奏)このソナタを好んだ、シューベルト作品を彷彿させるところがあちこちにあると思います。それは単に真似したということではなく、常にシューベルトの心の片隅にはベートーベンの音楽があったということですね。」

「そして第2楽章・・・(演奏)ベートーベンはヴェニスを訪れたことがありません。しかし、これは明らかに”gondoliera”ゴンドラの歌です。私達はこういった曲をメンデルスゾーンの『無言歌集』等で既に聴いたことがあります・・・2曲ありますね。そして恐らく、ベートーベンは(ゴンドラのテーマの存在を)詩集などを通じて知っていたんでしょうね。もしくはカナレットの絵画ですとか。ということでバスでは船頭が漕いでいて、と共に2つの声部・・・ふたりの恋人たちが歌っています。(演奏)そして最終楽章もまた、軽めの曲です。(演奏)ハーモニーに注目してみると・・・(演奏)そして4年後・・・これを移調させてみると・・・(演奏)op.109(ソナタ第30番)の冒頭となるわけです。ということで、偶然の産物ではないということです。さて、この最終楽章は2つのエピソードから成るロンド形式で・・・(最後を抜き出し演奏)・・・と気化し終わります。」

Canaletto.jpg
The Grand Canal in Venice from Palazzo Flangini to Campo San Marcuola by Canaletto
Reference: https://commons.wikimedia.org/wiki/Giovanni_Antonio_Canal
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ピアノソナタ第24番 嬰ヘ長調 op.78
2017-02-06 Mon 20:00
Part 3. Sonata in F Sharp Major, opus 78 no. 24

第6回目プログラムより「ピアノソナタ第24番 嬰ヘ長調 op.78」のレクチャー内容です。講義時間はあっさりと15分程度です。途中で何度も何度もピアノを弾きながら説明されているので、出来れば音源を聴いてもらえるとわかりやすいと思います。



「ピアノソナタの最高傑作(第23番)を書き上げたベートーベンですが、そこから次の作品まで実に4年ものギャップがあります。(この当時)個人的な難しい問題もいろいろとあり、特に健康面では失われていく聴力による問題が増える一方でした。しかし、にも関わらず4年後の1809年、彼は素晴らしく真新しいソナタ「嬰ヘ長調 op.78」を発表します。そして、この作品はテレーゼ・フォン・ブルンスヴィック伯爵令嬢に捧げらましたが『彼女こそがベートーベンにとって、不滅の恋人だったのではないか』という多くの推測がこれまでに立てられてきました。誰か別の方だった可能性もありますけれどね。しかしいずれにしても作品をみれば、このソナタが『愛の告白』であるということは明白だと思います。この作品は彼のソナタの中で最も叙情的で、また(先ほどお聴きいただいた)ひとつ前のソナタとは極めて対照的な曲想をもって書かれています。こんなにも異なるふたつのソナタ(熱情とテリーゼ)が同じペンから生まれたとは想像しがたいですよね。」

「嬰ヘ長調という調性は既に極めて独特です。なぜなら『♯6つに変化記号6つ』ですから、現代の感覚でも複雑な調性です。それから当時の出版社は、アマチュア演奏家達に新しい作品をどんどん売り込むことで頭がいっぱいでした。そして、多くのアマチュア演奏家は♯が6つもついている作品は少し手に余るなと思っていたと思います。ところでハイドン作曲の美しい弦楽四重奏曲があって・・・(ラルゴの出だし演奏)op.76の5番です。この緩徐楽章が嬰ヘ長調なのですが、ドイツ語ではこれを”Friedhof quartet”-墓場の四重奏と呼ぶんですよ・・・(ダブルシャープのことを指して)十字架がとてもたくさん出てくるので。(会場大うけ・・・)」

「ということで、このベートーベンソナタは極めて非凡。また、周りの評価を気にして作曲した作品ではありません。そもそもop.54のようなコンサート・ピースではありませんし、そこまで認知度も高くなく、聴衆受けもそこそこの作品ですが、ベートーベン自身はこの作品を大変気に入っていました。彼がとても怒って『なぜみんな嬰ハ短調ばかり好むんだ!』と発言した、と以前お話しましたが(演奏)・・・覚えていますか、これですね・・・そして私はこの作品を『月光ソナタ』とは呼びません。月光の曲ではなく嬰ハ短調ソナタですから。それで、ある時ベートーベンは『みんな私の嬰ハ短調ソナタのことばかり大騒ぎするが、嬰ヘ長調の方がよっぽど素晴らしい作品だ』と言ったそうです。」

「アダージョと記された4小節(序奏)から始まり・・・(演奏)ファ♯の上にペダルポイントがあって、それからこの素晴らしい旋律が入ってきます(演奏)ですが、私達が(この4小節を)また耳にすることはありません。本当に素晴らしい美しさで、私なら喜んでまた聴きますけれど・・・その機会は訪れませんので。それから彼は、美しい『アレグロ マ ノン トロッポ』を開始します。(演奏)『熱情』とは違い、提示部が両パートとも繰り返されます。そして大きなドラマ展開こそありませんが極めて叙情的。喜びと優しさに溢れ、ベートーベンの違った一面をみせてくれます。ベートーベンは単に『熱情』『エロイカ』『交響曲第5番』といった風な曲のみではなく、優しさや叙情性も表現することが出来る作曲家だったということですね。そして、私達はこのことを決して忘れてはいけないと思います。それから、これは非常に野心を感じるソナタですね。なぜならこれら各々の性質・パーツは非常に易々と繋げられているように見え・・・そしてリズム的には4分音符の動きです。(演奏)それから8分音符の動機が出てきて(演奏)そして3連符。(演奏)動機的には、私が今止まったと同時に・・・(演奏)常にこの3音です。(演奏)そして序奏のアダージョも・・・(3音強調して演奏)序奏は私たちに(この動機の)『分子』を与えるんですね・・・のちに重要になってくる部分の『原子要素』を。」

「それでは展開部へ進んでみましょう。(演奏)私には、これがベートーベンの書いた中で最も美しい旋律のひとつに思えますし、なぜ彼がこのソナタに特別な親しみを持ったのかということがとてもよく理解出来ます。みなさんにも『熱情』の後のこの時期が『後期』との境界線に位置するということが感じられると思います。全ては徐々に濃縮され、AからBへ移るために彼が必要とする時間はどんどん短縮されていきます。それから、この展開部全体が主要リズムによって奏でられていますね。(演奏)常にこの、タン パパン タン パパン。ですがまたしてもオーケストラの異なる楽器を割り当てるがごとく、それぞれ異なった音域を使っています。」

「さて。このソナタの第2楽章は最終楽章でもあります。2楽章構成のソナタということですね。そしてそれは意図的なものです。未完成なソナタというわけではなく・・・つまりシューベルトのロ短調 交響曲(7番)のような感じとは違い、ベートーベンはこの作品が2楽章構成であることを望みました。そしてこの楽章は、悲劇あるいは叙情的ということですらなく、しかしユーモアのある楽章です。こんな風に・・・(演奏)ええと・・・もちろんご存知の・・・(演奏)そして彼もこれを良く知っていて・・・変奏曲も書いていますし(ルール・ブリタニアによる5つの変奏曲)・・・どちらが先に書かれたのか私は詳しく知りませんけれど・・・偶然の一致ではないということですね。(演奏)常に短い動機の中で繰り広げられる質問と回答。そして次に・・・(演奏)と、これらはほんの2つの音をスラーで繋げたものですね。これらは厳密なアーティキュレーションで演奏しましょう・・・むしろ誇張するくらいの感じで。そんなわけで私はわざと短めに弾いていますが、私の思いつきではないですよ。なぜならシュナーベルはこのソナタを誰よりも上手に弾きますが、その彼もやっていますので笑 (演奏)

常にこの2音から構成される挿入があり(演奏)ですから、ソプラノから最初の2音を抜き出して(音価を)縮小してみると、こうなるわけです。(演奏)それが続き・・・(演奏)それから今度は反進行しているので、上昇音形だったものが・・・(演奏)今度は下降します。(演奏)・・・そして嬰ニ長調まで来ました。なんておかしな調でしょう。(演奏)それからさらに新しいモチーフとして、ご存知『マンハイム・ロケット』 (いくつか例を演奏)ということで・・・(演奏)この大小、長調・短調といった素晴らしい変化・・・(演奏)いつも私達が予想もしなかった不協和音が出てきて、それから2音のスラーで挿入されていたモチーフは徐々に長くなり、このカデンツァに至ります。(演奏)ソナタ形式とロンド形式のコンビネーションですね。ここではサブドミナントで主題が現れ・・・などなど。そして最終の・・・(演奏)今度は別の音域です。(演奏)それとレガート。(演奏)クエスチョンマークがあって・・・(演奏)もうひとつ・・・(演奏)そして最後は・・・(最後まで演奏)非常に愉快で風変わり、なおかつとてもオリジナル。予想通りという部分がまるでない作品ですね。」

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