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アメリカ暮らしのはじまり3
2006-01-08 Sun 12:42
これは1998年のお話です。
kuma25.gif

本格的にアメリカへ住む前に「3か月間のお試し期間」をもうけた私、
ゆにくあ。心細くも、たったひとりで向かった初めての海外旅行。
彼の家族との初対面では、緊張する間もなく義父さんから映画の
同時通訳を頼まれたため(実力外)、心底へとへとになって部屋へ
隠れたのでした。

さてそれから。

昼間は義父さんも義母さんもお仕事、当然彼もお仕事。彼の妹すら
学校があるので、広いお宅にたったひとり残される日々が続きました。
毎日毎日やることもなくて、かといってひとりでどこかへ行けるか、と
言えば、3台ある車も全て出払っていたのでそれも無理(何もかもが
広がって分布しているジョージアで、車がないのは致命的です笑)。

 毎日が自由時間。

それまで思いっきり時間に追われる仕事をしてきた私は、本気で
何をしたらいいのかわかりません。とりあえず、家中を掃除したり
乾燥機の中に残された洗濯物をたたんだりして時間をつぶしました。
アメリカにいなくてもこんなことできるよなー。なんて思いながら。
遠い異国で何をやってるんだ?なんて思いながら。

それにも飽きると今度は毎日TVを観ましたが、何を言っているのか
さっぱりわからないので、自然と目で見て状況が把握できる料理
番組ばかりを観るように。果てしなく退屈でした。

「暇殺し時間」が過ぎると、まずは彼の妹が帰宅。ふたりっきりです。
彼女はなぜか怖いほど私になついていて、家へ帰ってくるとまっすぐ
私の部屋へやってきました。しかし子供の英語というのは、大人の
それよりも曲者で、話題もどんどん変わるし、たぶん20%くらいしか
理解していなかったんじゃないかな、と思います。子供は苦手だった
けど、あまりに慕ってくれるので邪険にも出来ず、気がついたら
毎日毎日彼女のために新しい遊びを用意。いつの間にか彼女は
私の事を「お姉ちゃん」と呼ぶように。そうこうするうちに家族全員が
帰ってきて、ご厄介になっていた私が「おかえりなさい」と出迎える、
というなんとも奇妙な状態が続きました。

そんなある日、料理が共通の趣味である彼のお父さんとお母さんに
「お料理を手伝って」と話しかけられました。仕事を与えられた私は
嬉しくて、笑顔で参加。頼まれたブロッコリーを切っていると、なぜか
彼らの目は私の手元に注目! 「な、なんでしょうか?」と思いながらも
芯の部分の皮をむいていると「あら、この子、芯の部分の使い方まで
知ってるわよ」と嬉しそうなお母さん。「それじゃあ、これもやらせて
みよう」「あれは知っているだろうか」と、どんどん仕事を与えられ
張り切る私(全ては実母に感謝です)。気がついたらほとんどの行程
をひとりでやらされ(←思いっきりしてやられている)、その日以来
「夕食の支度を始めておく係」に任命されたのでした(笑。


一方彼は。
例のブラピ君が毎日(本当に毎日)遊びに来て、部屋でゲームして
ました。結果、彼と交流を深めるつもりだった3か月間は、義父さんと
義母さん、そして妹の「新しいおもちゃ」となって過ぎていったのでした。
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アメリカ暮らしのはじまり2
2005-12-17 Sat 10:36
12/1に引き続き、結婚前に3か月間、アメリカ滞在した時のお話。

空港から2時間あまりの車移動の末、私と彼とブラピもどきはファースト・
フード・レストランへ立ち寄りました。するとそこでは、なんと彼の友達が
大集合。たぶん15人くらい。99%大学生、80%が金髪の長髪! 
そして、そのうちのひとりが興味深そうに私を見るなり「日本は親の決め
た相手と結婚する制度があるそうだけど、今でも主流なの?」といきなり
質問してきました。本当は「そういうところもあるんでしょうけど、今は主流
じゃないですよ」と言いたかったんだけど・・・英語能力不足によりうまく
言えず、口ごもる私。いきなりテストはやめてください(汗。

さらにそこからはずっと質問攻めで、みんな本当に日本のことが知りたい
のか、会話の糸口を探しているだけなのか・・・お願いだからもっと簡単な
ことを聞いてくれ!と心底思いました。その後、2時間にもわたる地獄の
質問会を終え、やっと彼の実家へ向かうころには日も暮れかかっていま
した。

さて家のドアを開けると、身長2mくらいありそうな青い目のお父さんが
笑顔でお出迎え。「Hi!」といきなり抱きつかれ、度肝を抜かれた私。
鼻の頭に汗かきました。

さらには「今日本の映画を観ているんだけど、字幕がでない台詞があるから
こっちきて訳して!」とわけもわからぬままリビングへ。何の映画だったのか
今となってはうろ覚えですが、古い侍映画です。訳すもなにも、日本語の
上に英語の台詞がかぶっているし言葉は古いしで、あわわわわ・・・と
なって目を白黒させていると、指をパチンパチン鳴らしながら「ゆにくあ、
こういうのはスピードだから! ほらほらほら!!」とせかされる始末(涙。

なんだか想像以上に過酷なハードルが設けられていることに気づいた私は
時差ぼけを口実に部屋へこもったのでした・・・。

つづく。
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アメリカ暮らしの始まり
2005-12-01 Thu 10:11
Melanieの出産話を先にエントリーしてしまったので、話が前後しますが・・・
今日は結婚前に3か月間、アメリカ滞在した時のお話です。
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結婚を決意した彼は、それに適した環境を作るべくネイビーを脱退し、
一般企業へ就職。両親の住む家に帰っていました。そして、
「結婚前に一度アメリカに来てみなよ」という彼の軽い提案から実現
した私の渡米は、直前のシアトル立ち寄りを除いたら生まれて初めての
海外経験でした。ほんと、初めての海外行き飛行機にたったひとりで
乗ることになるなんて、夢にも思わなかった。人生は謎に満ちています。

飛行機の中では、相手の両親に初めて会う+いきなり3か月間も住み
込みでお世話になるといったプレッシャー、私の英語で大丈夫なのか? 
という不安、彼と一緒に生活出来る嬉しさで妙にソワソワしていました。
眠ろうとしたけどほとんど眠れませんでしたし、辛い14時間でした(苦笑。

さてアトランタ空港に着くと、彼と彼の親友(余談ですがブラピ似の男前)
がお迎えに来てくれていて、そこからは車で自宅のある市内へ。車中、
子供のようにTVの話で盛り上がっている彼らをよそに、窓の外を眺め
ながら何気なく「で、ここから車でどのくらいかかるの?」と尋ねた私。
と、ブラピが後部座席から「んー、2時間くらいかな。」


(高速で2時間・・・?)


そこからは行けども行けども森ばかり。こんなに緑を見たのは久しぶり!
というくらい森林が多く、東京の雑踏に慣れ親しんでいた私は大混乱。
(もしかして、とんでもないことに足を突っ込んでしまったのでは・・・)と
思い始めたあたりで彼が声をかけてきました。

彼「大丈夫? 疲れたなら眠ってていいよ」
私「いや、なんだか随分木が多いなと思って」
彼「そお? でも、ここら辺は(ジョージアの中では)都会な方だよ」
私「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


すでにホームシック。


・・・つづく。
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Melanie誕生秘話
2005-11-15 Tue 14:01
本来は単なる検診日だったその日。

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アメリカのとある病院にて、ひとり静かに我が子と向かい合っている
私がいました。逆子だったのに加えて、羊水がかなり減少している
事に担当医が気づいたため、「今日これから産んでください」の一言
と共に、予定日より3週間ほど早く帝王切開で生まれてきた小さな
女の子、それがMelanieでした。両手を広げたら全身が収まってしま
いそうな彼女は、ブランケットにきっちりと包まれて心地良さそうに
眠っています。

ほんの数時間前、腰に麻酔用の管を通すため背骨の隙間に長い針が
差し込まれる直前「あの、針を刺す瞬間を教えないでください」と
ガクガク震えながら訴えた私。なんだか、あれからあっけないくらいあっ
という間だったなぁ、と麻酔の切れないぼんやりとした頭で考えていました。

静まり返るその部屋で、(それにしても随分と長い間、声ひとつ上げない
けれど本当に生きているんだろうか?)という思いがふと頭をよぎりました。
確認しようにも、麻酔で立ち上がることすらできません。それでも片手を
なんとか伸ばして、彼女の眠っているベビーベッドが乗ったカートをたぐり
寄せます。その後、ゆっくりと体勢を変えて彼女の口元へ耳を近づけた瞬間、
突然病室のドアが開いて看護婦さんが入って来ました。
「それじゃ、そろそろ授乳をはじめてみましょうか?」


そっと受け取った小さな我が子。真っ白な肌、きっちりと結ばれた赤い唇。
そうか、今やっとわかった。
これなのだ。

瞬間的に恋に落ちたようなその感覚、それが母性愛というものでした。
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家族の戸惑い
2005-11-03 Thu 04:51
 突然の求婚を喜んで受け入れた私だったけど、ひとつ難題が
残っていた。私の両親である。


さてどうやって切り出したものか。


考えていても仕方がないので、とりあえず父に電話。父の職場近くで
お昼を一緒に食べる約束を取り付けた。何も知らない父は
穏やかにタバコをくゆらせている。・・・・すごく言い出しにくい。


「じ、実はさ~、今付き合っている人と結婚の話が・・・アメリカ人
なんだけど」


・・・無視。完全に無視された。これ以上ひっぱっても意味がないので、
しょんぽりしながら父の後ろを歩き駅まで戻った。


日を改めて実家へ電話する。「あのさ、こないだの話だけどね。
彼が会いたいって言っているんだけど・・・」


「そのことについては何もいうことがない・・・がちゃん」


なんと一方的に切る父。こんなことは初めてである。よほどこの話が
嫌とみえる。困った、全然うまくいかない。もしかしたら、これが原因で
嫌われてしまったのかもしれない、と思うとすごく悲しくなった。両親の
気持ちはわかるけれど、なにせ彼は2週間あまりで母国へ帰ってしまう。


そうなれば、よりいっそう顔合わせが難しいではないか。


仕方なく彼に事情を話すと「どうして会ってもくれないの? アメリカ人
だから?」とこれまた落ち込んでいる。いったいどう説明したらいいんだ!


その後、幾度となく電話でやりとりをするも毎度口論になってしまう。
最後はなんとか母だけ会ってくれるという話だったのに、彼の帰国直前
になって「やっぱり、そんな気になれない」とドタキャンを受けた。


友人からは「時間が解決するよ」「孫の顔を見れば変わるよ」などと
励まされたが、実際のところ、そううまくはいかなかった。


結婚して外国へ住みたいと言っただけで、家族が一斉に背を向けた。
親子ってこんな程度のものなのか、と辛かった。私が結婚を断って
日本に残れば、それで彼らは幸せだったのだろうか。


今でも、彼らは私の家族に会ったことすらない。
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